僕らのプライオリティ

須藤慎弥

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4.戸惑いつつも

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「あ、りっくんの車の音だ」


 コンビニから帰ってきてすぐ、お昼に予告された時間より少し早めにりっくんの車のエンジン音が窓の外から聞こえた。

 そこでやっと薄暗い室内の電気をつけて、僕はついさっき靴を脱いだ玄関まで走る。

 日曜日は必ず仕事があるらしいりっくんは、その点では奥さんにもウソが吐きやすいのかもしれない。

 だからって、毎週火曜の貴重なお休みを僕と過ごしてちゃいけないと思うんだけど。

 りっくんは奥さんがいることを僕に知られたくないみたいだし、「明後日どこに行きたいか考えておいて」と言われても頷くことしか出来ないじゃん。

 僕はもう知ってるのにな。

 りっくんが既婚者だってこと。


「ただいま~」
「おかえり、りっくん」


 恒例になったやり取りをすると、りっくんはとても嬉しそうに笑ってくれる。

 お出迎えもしてくれない奥さんなのかな、とはじめはりっくんを気の毒に思ってたけど、恋バナをして以来何となくりっくんにも原因があるような気がして複雑だ。

 上着を脱ぎながらリビングに向かうりっくんの後ろを、僕はトコトコついていく。


「この部屋寒くないですか? 暖房付けていいんですよ?」
「ううん、慣れてるから平気」
「…………」


 なんの自慢にもならないことをドヤ顔で言う僕をチラ見して、すぐに暖房のスイッチを押したりっくんはやっぱり優しい。

 りっくんは僕に「遠慮しないで」と口癖のように言うけど、それとはまた違うんだよね。

 僕一人だけが過ごしてる部屋に、暖房なんてもったいないもん。寒かったらフカフカのお布団に包まってればいいし。気付いたらポカポカ気持ちよくなって眠っちゃってて、あっという間にりっくんが帰ってくる時間だし。

 広くて綺麗なお家で、ニートなのか愛人なのか分かんない気ままな暮らしをさせてもらってるだけでありがたいんだ。

 贅沢は望まない。

 りっくんの優しさに胡座をかいて、無意識に本気でりっくんを怒らせてしまったらと思うと……そんなこと考えたくもない。


「外出したんですか?」


 僕が持ってた袋に視線を落としたりっくんは、脱いだ上着をポイッとソファに投げ掛けた。


「あ、うん。お散歩がてら、そこのコンビニまで駄菓子買いに」
「……また百円分?」
「そうだけど」
「まったく……」


 僕に遠慮してほしくないりっくんは、やれやれって顔を隠そうともしない。でも、「見て見て」と袋を上下に揺らす僕は、嬉しい気持ちを隠しきれなかった。

 体に悪そうな甘いガムや、色とりどりの丸いチョコ、グミみたいな食感の謎のお菓子、ソーダ味のラムネが袋の中でコロコロ動いていて、どれから食べようか今から楽しみで仕方ない。


「ていうか聞いてよ、りっくん。まだ三回しかあのコンビニ行ってないのに、レジのお兄さんが僕のこと覚えてたんだよ。このリボン結びもそのお兄さんがしてくれたんだ」
「……へぇ? 〝お兄さん〟が?」
「うん。子ども扱いされてるか、僕を女の子と間違えてるかのどっちかだと思うんだけど。〝駄菓子の人〟なんてあだ名ついてたらイヤだし、もうあのコンビニ行けないよ」


 苦笑いでガサガサ動かしてる袋は、ちょっとした細工で可愛くなった子ども仕様。短かったけど会話までしちゃったから、今日以降きっと店員の間で僕のあだ名は定着するはずだ。

 そうと決まったわけじゃないけど、行くたびにクスクス笑われるなんて悲しいし腹が立つ。

 そういう意味で僕は愚痴を言っただけなのに、イケメンすぎておっかない真顔のりっくんが、何を考えてるか分かんない表情でジリジリ近付いてきた。


「いいですよ、行かなくて。お散歩は俺が帰ってきてから一緒に行きましょう。……連れ去られでもしたら大変です」
「あはは……っ、僕のことなんか連れ去る人いないよ」
「ここに居るじゃないですか」


 えっ、と声に出した途端、りっくんの迫力に圧されて後退していた僕の背中が冷蔵庫に軽く衝突した。

 りっくんは真顔で天然発言をするから、いつもの冗談かと思って笑い飛ばすも何だか表情が険しいまま。

 別に僕は、りっくんから連れ去られたなんて思ってないんだけどな。むしろ「助けて」って言ったのは僕の方だし。


「……りっくん?」
「俺は冬季くんをあの森から連れ去り、こうして軟禁しています」
「いや、軟禁って!」
「冬季くんが俺との約束を守ってくれているから、優しくしているだけなのかもしれませんよ?」


 トンデモ発言に身を竦めた僕を、冷蔵庫に両手をついたりっくんが包囲した。

 な、なんか……距離近すぎない?

 なんで僕、両手で壁ドンされてるの?

 りっくんの声は怒ってるようには聞こえない。見上げたすぐそこにある顔も、僕が怯えるほどじゃない。

 だけどなんか、なんか……こわい。

 ドキドキする。

 知らない感情が湧き上がってきて、……どうしたらいいか分からない。


「あの、えっ、ちょっ……りっくん? どうしたの?」


 ほんとに軟禁のつもりで僕をここに置いてたんだとしたら、りっくんはとんでもない二面性の持ち主だってことになる。

 それはさすがに怖い。

 黙ってるわけにはいかなくて、震える声でりっくんに問い掛けてみた。すると険しい表情で僕を見下ろしていたりっくんが、スッと自分の二の腕に顔を付けた。

 次の瞬間、身動き出来ない僕を揶揄うように、りっくんは笑い出したんだ。


「ふふふふっ、ごめんなさい。悪ノリが過ぎました」
「悪ノリっ!? なっ……えぇっ……!?」
「ごめんね」
「なっ、も、もうー! ビックリするじゃん!!」
「あはは、すみません。でも、外には妙な趣向の危ない輩がウロウロしているのは確かだと思います。冬季くんがそいつらの餌食になるのは耐えられませんので、外出は出来れば控えてください。これから一層寒くなりますし」


 ね? と気障なウインクで悪ノリを締めくくったりっくんは、あっさり僕を解放すると手を洗いに洗面所に向かった。


「ビ、ビビッたぁ……」


 怖くはなかった。ただものすごく体が緊張して、心臓はバクバク動いてるのに息が出来ないというよく分からない状態に陥った。

 あんなの……ドキドキしない方がおかしい。

 ハイスペ男子なりっくんは絶対やっちゃいけない大人の遊びだ。

 僕は背中を冷蔵庫にピトリとつけたまま、呼吸を整えることに専念する。

 りっくんから初めて雄味を感じた僕は、しばらくその場から動けなかった。




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