僕らのプライオリティ

須藤慎弥

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4.戸惑いつつも

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─ 冬季 ─

◇ ◇ ◇



 日々の流れが早く感じる。いつの間にかカレンダーの大きな数字が十一月になっていた。

 僕は、あんなに常習的だったリスカとは無縁の、すごく健全な生活を送っている。

 昼前に起きて、新しいスマホでアルバイト情報を検索し、そうこうしてたらりっくんが帰ってきて一緒にお昼を食べる。

 それからまたりっくんは仕事に行って、僕はバイト探し。

 三時になったらフロアワイパーで床の拭き掃除をして、そのあとモフモフのハンディワイパーで部屋中の埃取り。りっくんのお家は元々綺麗だから、三十分とかからずそれなりになる。

 夕方は一日一本と決めているお茶を冷蔵庫から取り出して、それを飲みながらラインナップが代わり映えしないバイト探し。


「んー……早く面接決めなきゃなんだけどなぁ……」


 スクロールする指が、さっきから上から下に行ったり来たり。

 お店の数だけアルバイトも様々ある。養護施設では高校までは出してもらえたから、条件もそんなに絞らなくていい。

 ネックなのは、僕のやる気のみ。

 勢いでりっくんにも話しちゃったけど、僕は接客業が苦手だ。店員同士で話をするのも、お客さんと接するのも、はっきり言って好きじゃない。

 黙々と作業をこなす工場なんかは、正社員募集が多くて僕みたいな経歴だと採用されにくいって聞いて勇気が出ない。

 三日と続かなかったいくつかのバイトも、誰かの紹介ってやつが多かった。そのくせ僕が不義理ばっかするから、キレられる。

 ほんとに甘ちゃんだと自分でも思う。

 ちゃんと働けるかな……なんて後ろ向きなことを考えながら、〝面接〟、〝履歴書持参〟、〝経験者優遇〟という言葉が並ぶ画面を見てると、どんどん前向きな気持ちが削がれていく。


「無理はしないでくださいって言われてもねぇ……」


 でも、そんなこと言っていられない。

 懸念していた二週間が経っても態度がまったく変わらないりっくんは、何かと僕に甘い気がする。だからいつ僕の存在が奥さんにバレるかと思うと、毎日ヒヤヒヤするんだ。

 早くりっくんを元の生活に戻してあげないと。──と思う反面、優しすぎるりっくんに甘えている僕はまだ面接先も決めていない。

 りっくんはほんとに優しい。

 暮らしの面倒から話し相手、先週くらいからは自傷行為の確認までするようになった。

 ふと手首を掴まれて、『傷は……増えていませんね。偉いです』なんてハイスペ男子からニッコリ微笑まれてみてよ。

 リスカしないだけで褒めてくれる人がいるなんて、衝撃に次ぐ衝撃だった。

 女の人に対してもこんな風だったら、奥さんとの仲も深酒するほど悪くならなかったと思うのに。

 りっくんとの恋バナ後、最近よく僕の頭をよぎる言葉がある。

 それは〝まるで僕、愛人みたいだ〟。


「……バカなこと考えてないで、コンビニ行こ」


 今日は日曜日。自分で決めた、百円分の駄菓子を買ってもいい日。

 りっくんが帰って来るまで一時間くらいあるから、お散歩がてら出掛けることにした。一日一回は外の空気を吸うように言われているし、ちょうどいい。


「うぅ……寒っ」


 僕の一張羅は、冷たい風を凌ぐ防寒具にはならない。行って帰るだけとはいえ、のんびり歩いてたら凍えそうになる。

 握り締めた百円玉ごと拳が固まっちゃいそうで、気持ち早歩きでコンビニに向かった。

 店内に入ると、小さな駄菓子コーナーに一目散だ。お腹いっぱいになるかどうかを考えなくていい気楽なお買い物は、すごく楽しい。サンセットクルーズほどではないけど、お菓子を好きに厳選していいと思うとワクワクした。

 二週間前にりっくんから預かったお金は、実はまだ僕が持っていたりする。

 袋に入ったおつりを丸ごと渡したのに、即日そのまま返されてしまった。自由に使っていいと強く言われているけど、たくさん持たされても僕はどう使っていいのか分からない。

 だから百円玉を握り締めて、駄菓子のお買い物。僕にとっては贅沢。

 まぁ、こんな事りっくんに知られたら「好きなだけ買っていいと言ったでしょう」って少しこわい顔して優しく怒るんだろうけど。


「いつもすごいな。ピッタリ百円だ」
「えっ……」
「頭の中で計算してるの?」
「あ、あの……」


 ピッ、ピッ、とレジのお兄さんがお菓子を機械にあて終わるや、いきなり話しかけられてビックリした。

 顔を上げると、そのお兄さんはどこか見覚えがあるような無いような。……っあ、そういえばこのお兄さん、先週も先々週も僕のお菓子をピッてした人だ。

 はみ出さないのはもちろん、おつりが出ないように一円単位まで計算してるのがバレて、しかも覚えられてたとは……。


「ごめんごめん。怖がらないで。君、先週もピッタリ百円分の駄菓子買ってたから覚えてたんだ。特徴的な見た目だし」
「…………」


 えぇ……コンビニって毎日たくさんお客さんが来るんじゃないの?

 まだ三回目なのになんで僕を覚えてるの?

 影で〝駄菓子の人〟とかあだ名付けてバカにしてたとか?

 ヒドい……もうこのコンビニ来れないじゃん。

 ジト……とお兄さんを見つめると、頼んでもないのに透明の袋に駄菓子を詰め込み始めた。その顔はチャラそうな笑顔を浮かべている。


「うわぁ、俺めちゃめちゃ不審者扱いされてるー」
「すみません、……あの……それ……」
「あぁ、ごめんね。袋の代金もったいないから、こっちを使って……ほら、リボン結びにしたよ」
「おぉ……っ」


 失礼な妄想を繰り広げてる間、僕が百円しか持ってきてないことを見越してお兄さんは無料の透明な袋の上部分をハサミで切って、器用に結んでくれた。

 ……あれ、意外と良い人なのかも?

 
「ありがとうございました。またおいでね」
「…………っ」


 ……いや、このお兄さんは良い人じゃなくて、僕を子ども扱いしてるだけだ。

 もしくはまた僕、女の子と間違えられてる?

 百円分の駄菓子が詰まったリボン結びの袋を両手で持って、僕は何だか納得がいかない気持ちでコンビニをあとにした。




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