僕らのプライオリティ

須藤慎弥

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3.名前の無い関係に

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 車を走らせている間、ラジオパーソナリティと陽気なBGMのおかげで沈黙の気まずさは無かったが、探り合わない俺たちは会話が少なめだ。

 それがむしろ心地良い。

 だが一つ、聞くタイミングを逃していたことをここぞとばかりに尋ねてみる。


「朝から気になっていたんですけど、新しい服はお気に召しませんでしたか?」


 先週買った服ではなく、見慣れた一張羅を着ていることに違和感を覚えていた。

 飽きることなく窓の外を眺めている冬季くんが、ふとこちらを向いた気配がする。

 自分でも妙だとは思うが、朝冬季くんの姿を捉えてすぐ「あれ」と足が止まった。ドラッグストア云々で脇に置いていたけれど、俺としては新しい服のファッションショーでもしてほしいくらいだった。


「そんな事ないよ。もったいなくて、まだタグ切ってないだけ」
「えっ?」
「この服がダメになったら一着おろして、それがダメになったらもう一着おろして……って感じ。嬉しいし、すごくありがたいんだけど……なかなか開けらんなくて」
「えぇ……っ」


 冬季くんは遠慮がちな性格なうえに、信じられないほど倹約家だということが判明した。

 俺のリアクションが少々オーバーだったせいで、「僕おかしい? ヘン?」としょんぼりされ返事に困る。だからと沈黙を続けると、冬季くんは肯定と捉えてさらに落ち込むかもしれない。


「い、いえ……俺には分からない価値観ですが、おそらく冬季くんの考えの方が真っ当かと……」


 洋服は何枚あっても良いとの教えで、次から次に新しいものが補充されていた我が家こそがきっとヘンなのだ。

 父の方針なのかは分からないが、成宮家の者がみっともない格好をしているのが我慢ならない、それだけだ。単に見栄っ張りとも言う。

 冬季くんに俺の価値観を押し付けてはいけない。

 ただ俺は、俺が買った新しい服を着てほしかっただけなのだが、それは冬季くんの中で〝いたれりつくせり〟に入っていないことも分かった。

 赤信号で停車した隙に、チラと冬季くんの方を見る。すると彼も俺を見ていて、クスッと笑われた。


「僕たちってほんと、両極端だよね~」
「…………っ」


 今度は直に、可憐な笑顔を目の当たりにしてしまった。

 見惚れた視界の端で歩行者信号が点滅しているのが見え、慌ててハンドルを握り直す。

 両極端……たしかにそうだ。しみじみ頷きアクセルを踏む。

 その後も、ルームミラーで後方確認をするフリで、助手席に座る冬季くんを何度見たか知れない。

 未だ彼の性別に首を傾げてしまいそうになる。それというのも、単純なことなのだが冬季くんの容姿が男の子らしくないからだ。

 細い顎、スッと高い鼻梁に楚々とした小鼻、アーモンド型の瞳とくっきりとした二重まぶた、長い睫毛、食す一口量も相応に少ないピンクがかった小さな口。

 着の身着のままだった冬季くんに、部屋着として俺のカッターシャツを着せてみたはいいが、意図せず目を背けてしまうほど悩ましい格好が出来上がった。

 体格の差があるので袖を捲くらなくてはいけない。そこまでは良かった。しかし冬季くんの腰があまりにも細いため、合うズボンが一着たりとも無く、結果すらりと伸びた両脚をさらけ出す目に毒な格好で過ごさせる羽目になってしまった。

 「駄菓子は主食だ」と豪語していた彼は、普段から日光を浴びていないことが分かる肌の白さと予想以上の華奢さで、これまでの暮らしを垣間見た気がした。

 これらの理由から、俺は冬季くんのことを未だ性別不詳として接している節がある。

 よくない傾向だ。友人だぞ、〝彼〟は。


「お、お腹空きませんか?」
「うん、ちょっとだけ」


 勝手に狼狽えた俺の問いに、すぐさま返事が返ってきた。いつもなら「大丈夫」と遠慮されるので、やや浮かれる。

 ただし、無欲な冬季くんは何を食べたいかの質問には「なんでもいい、りっくんが食べたいもので」と言って答えてくれない。

 気を使わせてしまうくらいなら、先回りして俺が店選びをしよう。先週の外食ではイタリアンを食べたから、今日は中華だ。

 目的地が決まれば運転も捗る。

 味の濃い料理を烏龍茶と共に頂くことを想像しただけで、お腹の虫が騒ぎ始めた。

 冬季くんは少食だけれど、好き嫌いはほとんど無い。偏食そうだという印象は、見た目だけで決め付けた俺の偏見だった。


「僕ね、一応バイトの経験はあるんだ」


 行きつけの中華料理店まであと少しというところで、冬季くんが突然口を開いた。

 藪から棒で驚いたものの、よく考えてみれば訳アリな十九歳がずっと無職で生きていられるわけがない。


「そうなんですね」
「でも三日で辞めちゃった。いっつもそうなんだ。働き出しても、全然続かない」


 率直に言って、それについてはあまり意外とは思わず、吃驚しなかった。

 ふと、開業前に務めていた歯科医院での医師たちがこぼしていた愚痴を思い出す。『今時の若者は忍耐力が無いからすぐに辞める。しかも連絡ナシのトンズラだ』というものだ。

 イメージ通りと言っては何だが、たとえばスーパーのレジ打ちに冬季くんが就いたとして、三日保てばいい方だと思う。

 俺の知る彼の性格上、人の顔色を窺い過ぎてぷるぷる震えだし、客とスタッフの両方から色んな情報を限界まで吸収した後に、「もう無理!」と現場を飛び出していそう。

 間違っていたらかなり失礼な憶測だが、そう思ってしまったのだから仕方が無い。


「それはまた……どうして?」
「人とどうコミュニケーションを取ればいいのか分かんないんだ。甘ったれるなって怒られちゃいそうだけど、働くのも実は……あんまり好きじゃない」
「そうでしたか」
「うん。あっ、でも心配しないで。ちゃんとバイト探しは始めてるから」
「え、もうですか?」
「せっかくりっくんがサポートしてくれてるんだから、僕もいい加減……自立しないとね」


 純粋な彼の言葉に、裏は無い。

 それを知っているからこそ、俺がかけられる言葉は一つだった。


「……無理はしないでくださいね」
「うん」


 自立をサポートすると言った手前、けしかけた俺が言えたことではないのだが、冬季くんの働く姿がまったく想像出来ないのはどういう事なんだろうか。



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