僕らのプライオリティ

須藤慎弥

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3.名前の無い関係に

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─ 李一 ─

◇ ◇ ◇



 冬季くんは、おとなしいわけじゃない。

 何となく違和感のある大人びた話し方をするし、口調が丁寧なわけでもない。

 俺の冬季くんへのイメージはこうだ。〝やや心に闇を抱えた、今時の若者〟。

 ただやはり、見た目とのギャップに驚かされることがしばしばある。

 昼間どう過ごしているのかは分からないけれど、部屋がいつも綺麗なのだ。まるで使用感が無い。嬉々として掃除をしてくれたのか聞くも、「してない」と首を振られ。

 バスルームも洗面所も、毎日使っているのだろうが水滴一つ残っていない。湿気てカビが発生すると体によくないので、俺は気を付けてこまめに掃除をしていたが、冬季くんにそれを押し付けたことは一度も無かった。

 それについても問うてみたが、返答は同じ。

 あまりしつこくしたところで冬季くんは口を割らないだろうから、俺らしくなく謎のままにしている。

 出会って一週間が経つが、冬季くんはある種の駆け引きのように未だ遠慮ばかりする。

 こちらが少々強引な手を使って本心を炙り出そうとするも、すべて無駄骨に終わった。

 どんなに俺がけしかけても、冬季くんは一切の欲を出さない。毎日昼と夜に接していくなかで彼のことが少しは見えてきたけれど、一向にマイナスの変化は無く、むしろそれが自然体であることの証明になっている。

 さらに、俺は二十九年間、なんと狭い世界で生きてきたのだろうと思うことが多々あった。

 この年齢にもなってあまりはしゃぐと恥ずかしいので冬季くんには言わないが、先週のお出かけが俺は心の底から楽しかった。

 知らないものをたくさん見て、聞いて、冬季くんと出会わなければ知り得なかった情報が俺の頭に新たにインストールされた。

 次は冬季くんとどこに行こうか。

 そんな風に俺がひっそりと心を弾ませていることなど、冬季くんはきっと知る由もないだろう。





「──ねぇねぇ、一杯飲みたい気分にならないの?」
「えっ……」


 惣菜屋で買ってきた弁当を食べていた俺の箸が、ピタッと止まる。

 先週と同じく明日の火曜が休みだと伝えた矢先の、突然の問い。

 これは冬季くん……おそらく確信を持って聞いているよな。

 目につく場所にあるそれらを、冬季くんは今日まで見て見ぬフリをしてくれていてすっかり油断していた。


「……やっぱりバレていましたか……」
「そりゃあね。あちこちにあるからね」


 ……ですよね。うん。仕方が無い。

 未成年の手が届く場所に、堂々と出しっぱなしにしていた俺がよくなかった。

 言い訳はしたくないが、なぜだか冬季くんは未成年飲酒をするような子には思えず、実際一本たりとも減った形跡が無いので甘えてしまっていた。

 不思議と飲みたい気分にもならず、記憶が定かなら俺は八日も禁酒していることになる。


「りっくん、僕と出会ってから全然飲んでないの? 運転して帰ってるからここでは飲めないもんね」
「そうですね。しばらく飲んでいません」
「……アル中ではないんだ?」
「アッ!? ち、違いますよ! 晩酌程度です!」


 ショックだ。

 ビールと酎ハイをケース買いしていたせいで、冬季くんの中で俺はずっとアル中男だと思われていたのか。

 今にも吹き出しそうな冬季くんが、「ごちそうさまでした」と手を合わせ席を立つ。

 俺の見様見真似でキッチンのゴミ箱に弁当がらを捨て、冷蔵庫を開けた瞬間……とうとう堪えきれずに笑みを溢している。


「それにしては買い込み過ぎじゃない? りっくんが飲んでるの、ここにあるビールと酎ハイだけじゃないよね? この下に……これ何て言うのか知らないけど、大きいお酒の瓶を四本も見つけちゃったよ」
「…………っ」


 ──ギクッ。

 やましい事が見つかった子どものように肩を揺らし、あげく冬季くんから視線を逸らした俺は非常に分かりやすく動揺した。

 冷蔵庫内の定番アルコールのみならず、シンクの下の〝魔王〟まで見つかっていたとは。

 寝室の隅に積んだケース、冷蔵庫に入るだけ詰め込んだ冷えたビールと酎ハイ、日光に晒さぬよう直し込んでいた芋焼酎……これではアル中を疑われてもしょうがない。

 冬季くんの含み笑いを見る限り幻滅しているわけではなさそうだが、「まさか」と疑いながらよく一週間も知らん顔をしてくれていた。


「ふ、冬季くん、聞いてください。俺は本当にアル中では無いんです。深酒して酔いたい時が度々ありまして……そこまで強くないくせに毎晩飲んじゃってたんです。ルーティンになってたんです。でも誓って、アル中じゃありません。飲まなくても手が震えたりしません。信じてください」
「あはは……っ」


 断じて俺はそうではないと、冬季くんの疑いを晴らすのに必死だった。

 隣に戻ってきた冬季くんは俺が貸したシャツの袖をパタパタと動かし、弁明の甲斐あって気にしていないアピールをしてくれた。

 盛大に笑われた意味は分からないけれど。


「まぁ、りっくんの体が大丈夫ならいいんだけどさ。セカンドハウス構えて深酒したくなっちゃうくらいイヤな事があるんだ? しかも度々?」
「……はい」


 ──ギクッ、ギクッ。

 またも痛いところをつかれ、再度悩ましい格好をした冬季くんから視線を逸らす。

 それについては弁明出来ない。

 冬季くんのギャップの一つに、〝意外と俺の話を聞いている〟というのがある。「そうだっけ?」ととぼけることもあるけれど、それは遠慮が先立っている時だけ。

 アル中疑惑よりも情けない醜態を晒す勇気が、俺には無かった。


「…………」
「ごめんね、りっくん。もう聞かないよ」


 年甲斐もなく狼狽えた俺を見て、冬季くんにこんなことを言わせてしまった。

 視線を逸らした俺の膝の上から、弁当がらの重みが無くなる。最後の一口を食べ終えていたそれを持って、またしても俺がハッとするような言葉を紡ぎながら冬季くんはもう一度キッチンへ向かった。


「あーあ……これだから僕、よくウザイって言われちゃうんだよなぁ。ホントにごめんね、りっくん。悪気は無いんだ」



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