僕らのプライオリティ

須藤慎弥

文字の大きさ
上 下
25 / 126
3.名前の無い関係に

・・・4

しおりを挟む





 平日の商業施設内は、土日よりは少ないにしても人はまばらに行き交っている。

 背が高くてイケメンなりっくんは、お客さんのみならずテナントの店員さんまでも虜にしながら、通路の真ん中を堂々と歩いていた。

 ブラウンのロングコートに両手を突っ込んで、まさに初めて来ましたとばかりに物珍しそうにキョロキョロしているりっくんは、まさしく大人の男だ。しかもかなり色気ムンムンで、上質な男。

 その隣を歩いてる僕は、りっくんいわく〝独特な服〟を着て、さらにはちょっとイタイ銀髪。りっくんとは二十センチくらい差があるから、さぞかしガキんちょに見えてるに違いない。

 こんな僕らは、周りにはいったいどんな風に映ってるんだろう。

 友達? にしては、毛色が違いすぎる。

 親戚? にしては、距離感がよそよそしい。

 兄弟? にしては、顔が全然似てない。

 恋人? ……あるわけない。

 僕の恋愛対象は同性だけど、さすがにりっくんをそんな目では見られないし。

 既婚者だと気付いちゃった今(憶測だけど)、余計にその対象にはなり得ないし。

 実際、僕らの関係に名前なんか無いもんな。


「──うわぁ、冬季くんが着ている服がいっぱいですね!」


 いろんなお店が立ち並ぶ長い通路を、興味津々なりっくんは時々立ち止まって見ていた。

 一時間くらいかけて目当ての店に辿り着くと、テンションが爆上がりしたりっくんからグイッと手を引っ張られる。


「僕のは一昨年に買ったやつだから、もうここには置いてないはずだよ」
「えっ? でもこれも、これも、……これも、冬季くんのと色違いに見えますが」
「あはは……っ、全然違うよ」
「えぇっ」


 ここは地雷系の服ばかり取り扱ってる、そこそこ有名なお店。十七になってすぐ、僕の初めての彼氏がこの店を教えてくれて、ご機嫌取りに今着てる服を買ってくれた。

 シャツ一つ買うにもいい値段するから無職の僕にはとても手が出ないけど、デザインとか着心地はかなり好きなんだ。


「気に入るもの、ありますか?」
「んー……」


 白、紫、黒がメインカラーのダーク寄りな店内を、完全に場違いなりっくんと一緒に少し回ってみる。

 どうしても値札に目が行って、りっくんの口振りから買ってくれるつもりだと分かっても気に入るものを絞るに至れない。

 商品に触っては止めを繰り返してると、りっくんはいよいよ業を煮やした。


「無ければ別のところに行きましょう。もし遠慮しているのなら、俺が選びます」
「うん、……その方がいいかも……」
「分かった、まかせて。……あ、お兄さん。この子に合いそうなものを五パターンくらい持ってきてもらえませんか? 上から下まで一式。お願いします」
「はい! かしこまりました!」


 そばに居たお洒落な店員さんを捕まえてそう指示したりっくんは、試着室で僕を着せ替え人形にしたあと、サイズだけ確かめるやそれら全部をレジに持って行った。

 僕が唯一の一張羅を着直してる合間に、だ。

 さらに店のロゴが印字された黒い紙袋を三つ持ったりっくんは、荷物持ちまで買って出た。

 上客を恭しく見送りする店員さんに「また近々来ます」なんてことも言っていて、僕は唖然とするしかなかった。


「ちょっ……ちょっと待って、りっくん。なんで五パターン全部買っちゃうかな。僕一着あれば充分なんだけど……!」
「洋服は数があればあるだけいいんです。そもそも、冬季くんが遠慮するからこんな事になりました」
「僕のせい!?」
「ふふっ、そうです」


 なんで僕のせいなんだよ……。

 そりゃ嬉しいよ? 嬉しいけど……こんなにたくさん……。

 遠慮するなって方がおかしくない?


「りっくん、……」
「はい? 苦情は受け付けませんよ?」
「苦情なんて言うわけないよ!」


 買ってもらったあとでそんなことを言ったって、りっくんは絶対に喜ばない。

 僕が値段にビビって気に入るものを選べず遠慮したから、こうなった。りっくんの軽口は、僕の申し訳ない気持ちを消すためだって分かってる。

 似合わない紙袋を手にクスクス笑うりっくんは、〝僕のせい〟で散財する羽目になったんだから……ちゃんと言わなきゃ。


「その……っ、あ、ありがとう……」
「いいえ、どういたしまして。毎月新作が発売されるそうじゃないですか。また来月も来ましょうね」
「え!? 来月、……っ?」


 りっくんの隣に並んだ僕は、新作云々よりも衝撃的だったセリフに思わず通路のど真ん中で立ち止まった。

 ──僕、来月も居ていいの。

 ニートまっしぐらにならない?

 そうなったらりっくん、嫌になるんじゃない?

 僕に構ってるのめんどくさいって……思っちゃうんじゃない?

 経験上、二週間が限度だった。みんな。

 パパとママも、僕の存在が嫌で嫌でしょうがないって顔に書いてた。

 りっくんも少し経ったら、今までの人達と同じ目をして僕を見るのかな。

 ……嫌だな。りっくんから「出て行け」って言葉、聞きたくないな……。


「あぁ、そうだ。とても今さらなんですけど、俺冬季くんの電話番号を知りません。教えてもらえませんか?」
「…………っ」


 僕が立ち止まってる事に気付いたりっくんは、わざわざ戻ってきて「どうしました?」と顔を覗き込んでくる。


「というか、寝室にあった充電器で合いました? 冬季くんはすぐに遠慮するから、合っていなくて充電が切れてしまっても言えなかったんじゃないですか? 気が回らずにすみません」


 スマホを取り出したりっくんに、僕は反射的に電話番号を伝えようとした。

 でも、忘れてた。僕スマホ本体を持ってない。

 亮の家に置いてきた、僕の少ない荷物。あれどうなってるんだろ。

 すぐにバレるウソは吐きたくないから、番号を教えても意味が無いということだけを伝えるつもりで、正直に話した。


「いや僕、持ってなくて……」
「何をですか?」
「……スマホ。付き合ってた人のところに置いてきちゃってて。だから聞いても意味が無……」
「えぇっ!? なぜそれを早く言わないんですか! 行きますよ!」


 りっくんは気持ちが昂ると声が大きくなるらしく、通り過ぎた人が振り返るほどの声量で僕を叱咤し、右手首をガシッと掴んできた。

 一瞬、怒られてるのかと思って焦った。

 ビクッと体が硬直しかけた直後、足早にどこかへ歩き出したりっくんに手を引かれた僕は、激しく狼狽える。


「ちょっ、どこに行くの!?」
「携帯ショップです! まったくもう、おかしいと思いましたよっ」
「いやいいって! そこまでしてくれなくても……っ」
「問答無用です!」


 意気込んで歩き出したはいいものの、りっくんは多分ここに初めて来た。

 遠慮する僕の手を握ったまま、ぐるぐる歩き回ってやっとの事でサービスセンターを探し当てたりっくんが、化粧の濃いお姉さんに施設内の携帯ショップの場所を聞いていた理由。

 いちいち尋ねるまでもない目的。

 帰る家がある人なのにそんなことまでしていいの? ってセリフが、喉まで出かかったのは内緒だ。




しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

寮生活のイジメ【社会人版】

ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説 【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】 全四話 毎週日曜日の正午に一話ずつ公開

【完結】運命さんこんにちは、さようなら

ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。 とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。 ========== 完結しました。ありがとうございました。

処理中です...