僕らのプライオリティ

須藤慎弥

文字の大きさ
上 下
7 / 126
1.「死ね」と言われて

・・・6

しおりを挟む



 僕に上着を預けたせいで、男は若干寒そうにしていた。腕を組んで誤魔化してるけど、しっかり両肩が上がっている。


「君も死ぬつもりでここへ?」
「えっ、あー……」


 問われた僕は、当初の目的を忘れかけていたことに気付く。

 そうだった。僕も、死ぬつもりだったんだ。

 頼まれてもいないのに男を助けた手前、信憑性ゼロだからあんまり頷きたくはないんだけど……さすがにもう無言は貫けない。


「……うん」
「そうか……」


 頷いた僕を、男は神妙な顔で見返してきた。

 うっかり見惚れてしまいそうで咄嗟に視線を逸らした僕は、男の向こう側に生い茂る、闇に包まれた林に目をやる。

 そうすると、僕の視線が背後にあることに気付いた男もつられて振り返っていた。

 急にここが不気味に感じ始めたらしい。

 我にかえると、途端に辺りが気味悪く思えてくる。山風に煽られた葉っぱが、僕たちを揶揄うようにカサカサ、カサカサ、揺れまくる。鬱蒼とした森の奥は、鳥目じゃなくても暗くて深いのは明らかで、不気味と形容するしかなくなってくる。

 堅かった決意が少しずつ薄らいで、しまいにはこの期に及んで〝死にたくない〟と思ってしまう。

 ──という一連の流れを、僕もついさっき経験したから分かること。

 暗闇を見つめながら、不安気な表情で男が徐々に僕に寄り添ってくる。

 一度薄気味悪さを覚えた脳は、そう簡単には切り替わらない。なんたって一文無し・宿無しな僕が、すでにその気を削がれている。

 このあとの事なんか、考えられなかった。


「……お兄さん、まだ死ぬ気ある?」


 オバケさん改め〝お兄さん〟呼びに変えて、出来るだけ驚かさないように静かに聞いてみる。

 お兄さんはこんなシチュエーションにもかかわらず、見ようによっては優雅に首を振った。その顔は、苦笑に満ちていたけれど。


「いや……もう怖くなっちゃいました。勢いって大事ですよね」
「……分かる」


 同じ目的でこの場に居る者同士、その辺の意思疎通は早かった。

 勢いは大事……ってことは、お兄さんも僕と一緒で〝衝動的〟にここへ来たんだ。

 どこからどう見ても人生に行き詰まるような見た目はしていないお兄さんだけれど、その人にはその人なりの悩みがあって、過去がある。

 派手な髪色とゴシック寄りの服装、耳いっぱいのピアス、今時のナリをした僕の方こそ、どこからどう見ても悩みなんて無さそうな見た目だ。

 そんな僕は、小さい頃から何回も誰かに手を伸ばして、払いのけられた。

 それでも諦めたくなくて。温めてほしくて。構ってほしくて。愛してほしくて。

 でもその方法が、分からなくて。

 何もかもうまくいかなくて……ここに来た。


「とりあえず、場所を変えませんか? ここは冷えます。とても」


 お兄さんが、僕の背中を擦りながら顔を覗き込んできた。まるでそんなことを考えつきもしないような瞳で、僕を見てくる。

 ……いいのかな。

 お兄さんの決断に横槍を入れたのは、僕だ。

 現実から逃げられなくしてしまったのは僕で、お兄さんがそれを望んでいなかったとしたらすごく責任を感じる。


「……ほんとにいいの?」


 綺麗な二重の瞳を見つめて、僕はお兄さんに最終確認をした。お兄さんの選択を変えさせたのは僕だから。

 こんなこと、言えた義理じゃないんだけど。

 お兄さんは少しだけ黙り込んだ。

 けれどすぐに顔を上げて、こんなことを言った。


「命を助けていただいたので、お茶の一杯じゃ足りない気はしています」
「ぷっ……」


 律儀な回答に、思わず笑ってしまった。

 生きるか死ぬかの瀬戸際にいた人が、まさかお茶をご馳走する気でいたなんて面白すぎる。

 僕は助けようと思って助けたわけじゃない。

 何かに背中を押された。それは今考えても、とても大きな力だった。

 四cmの厚底ブーツで咄嗟に駆けて、リスカ(リストカット)と根性焼きの痕が残る左手を必死に伸ばしていた。


 〝死んじゃダメ──〟


 本当に、自分のことを棚に上げている。

 早々と僕の背中を押したお兄さんに連れられてる間、こんなに深くまで歩いてきたんだって驚いた。

 お兄さんは僕の手を引いて、舗装された山道を迷わず下る。またお互いがバカな真似をしないように、はぐれないように、ずっと手を握ってくれていて嬉しかった。

 冷たい山風が、僕たちを追い返すように吹いていることにお兄さんもきっと気付いていたと思う。






しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

寮生活のイジメ【社会人版】

ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説 【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】 全四話 毎週日曜日の正午に一話ずつ公開

処理中です...