5 / 126
1.「死ね」と言われて
・・・4
しおりを挟む雰囲気もプラスされて、迫る何かがぶるっと身震いするほど怖かった。
咄嗟に目を閉じてみるものの、暗闇から暗闇になってただ恐怖が増しただけ。
「うっ、……!」
そのままじわじわ後退していると、落ちていた石ころを踏んで躓きそうになった。よろめいた体を支えようと、慌てて欄干に手を沿える。
そこでふと気付いてしまった。
いっその事、勢いついでに一気に落下してしまえば目的達成だったのに、意気地ナシな僕は目を開けるどころか橋の下を見ることさえ出来なかったんだ。
それはなぜか。
「…………っ」
そんなの決まってる。
確実に何かがそこに居るからだ。
不気味な気配にビビって後退ってる今、「今日が最期だ」とかそんな中二病みたいなことを言ってられなくなった。
その正体が人だとしても、動物だとしても、こんな暗闇で遭遇したら悪い方にしか考えられないって。
すなわち僕は、たった五分前の自棄を棚に上げて〝死にたくない〟と思ってしまっている怯者。
「……ひぃっ!?」
さっきとは別の絶望感に見舞われた矢先、今度はカタンッと物音がした。
……居る。まだそこに居る。絶対居る……!
こんなに焦らしてるって事は、〝何か〟は僕に襲いかかる瞬間を見定めてるのかもしれない。という事は、自分で身を投げなくても嫌でも終わりが来そうだ。
死にたくないと思ったそばから危機に直面するなんて、僕はことごとく運に見放されている。
「……いや、でも……」
……でも、物音がしてから気配に動きがなくなった。
こっちは襲われ待ちの状態で、それが怖くて一歩も動けやしない。だから、タイミングなんか計らずひと思いにやっちゃってほしい。むしろこの時間が一番怖い。
「あ、……」
ちょっと待って。
なんで僕は、〝何か〟を人か動物だって決めつけてるんだ。そこに居るのは、もしかしたら見えちゃいけないものかもしれないじゃん。
「……いやウソでしょ……っ?」
それはそれで怖い……!
冷えきった体をビクビク縮ませて、独り言がだんだんと多くなる。
ほんの十秒くらいの間に、欄干にしがみつきながら人生初なほど脳内が目まぐるしく働いた。
気配の動向は分からない。
相変わらず山風に揺られて葉っぱがカサカサ音を立てていて、橋の下からはヒーリングミュージックみたいなせせらぎが絶えず聞こえている状況。
「よし……っ」
何かの正体を突き止めるため、僕は意を決した。
恐る恐る半分だけ目を開いてみる。……けれど、ヤバイ。
「うわ、全然見えない……!」
目を瞑ってたせいで、さっきよりもっと見えづらくなった。
開いてようが閉じてようが変わらない視界に、鳥目の僕はいよいよパニックに陥りかける。
何回もまばたきをした。
こんなところで得体の知れないものに殺られるくらいなら、そこに居るのが非科学的な何かなら……最期にそいつを拝んでやろうと必死で目を凝らす。
すると数秒後、何かの正体が薄っすらと見えた。
「…………っ」
人の形をしている。そしてあれは、かの有名な白いワンピースにロングヘアーの女性ではなく、おそらく男性。……の、オバケ。
──あぁ、とうとう僕にも見えちゃった。
実際に拝んでみて分かった。
ドラマとか映画でみんな目玉ひん剥いて叫んでたのは、作りものだからなんだ。
現実は違う。逆に冷静になった。
足が竦んで動けない、とも言う。
慣れてきた視界の先。僕と対象の間隔は数メートル程度かと思いきや、もう少し離れていた。
それにしても……立体的だ。
見るからに生気の無い、半透明でモノクロなソレを想像していただけに、本物がまさかこんなに人っぽいものだとは意外だ。
ヤツは僕に気付いていないのか、どこか悲しげに橋の下を一心に見つめている。
もしかして、あの人もここで命を絶った……?
この世に何らかの未練を残して、成仏できないまま彷徨い続けてるのか……。
僕もあの冷たい水に身を投げたら、あのオバケと同じように非科学的なものに姿を変えて、現実から逃れられるかもしれない。
「…………」
妙な結論に達した。
僕も逝こう。あっちの世界に。
あのオバケは僕にまったく気付く様子が無いから、自分で行動を起こさなきゃいけない。
オバケが見つめている水面を、僕も見下ろした。改めて見ると、かなりの高さがある。水の流れも穏やかとは言いがたい。
僕はそっと、もう一度オバケの方を向いた。
あなたもここから落ちたんですよね。どれくらい深かったですか。落下した時、痛かったですか。溺れるのはやっぱり苦しかったですか。
いったいなぜ、死のうと思ったんですか。
心の中で問いかけたって、相手はもう意思を失ってるんだからアドバイスなんか返ってくるわけがなかった。
僕とオバケは、十数メートル間隔で同じ水面を見て黄昏れている。なんともシュールで滑稽な光景だ。
それからどれくらい時間が経ったのか、あとは僕の落下待ちという時。ふとオバケに動きがあった。
なんとオバケが、欄干に片足を乗せていたんだ。
「ちょっ……」
僕はその時、誰かに背中を押された気がした。
そんなことをしても、オバケにとってはありがた迷惑かもしれないと頭の中では彼を肯定し、そして盛大に自分のことを棚に上げながら、全速力で駆けていた。
「オバケさん!! 死んじゃダメだ!」
「えっ、……うわ、っ……!」
オバケの腕を掴んでグイッと引っ張ると、前のめりなっていた体がぐらりと僕の方へ傾いた。
立体的なリアルオバケに「死んじゃダメ」なんて。そこで自分も命を絶とうとしていたくせに。
誰が聞いても可笑しな話だ。
0
お気に入りに追加
119
あなたにおすすめの小説
ヤンデレだらけの短編集
八
BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。
全8話。1日1話更新(20時)。
□ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡
□ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生
□アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫
□ラベンダー:希死念慮不良とおバカ
□デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち
ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。
かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話
タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。
瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。
笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。
好きなあいつの嫉妬がすごい
カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。
ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。
教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。
「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」
ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる