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~五・六月某日~(全五話)
♡「ルイ」
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─葉璃─ 六月某日
やるやらないは偉い人達が決める事で、俺にはやっぱり決定権は無かった。
影響力のある聖南にも、止められなかった。
いくら、俺には身分不相応な任務です、と弱気な心が叫んだとしても、「はい」って言っちゃったからにはもう後戻りは出来ない。
だってね、帰りしなにこんな事を言われたら……渋ってた聖南と恭也も、他ならぬ俺も、納得せざるを得なかったんだ。
『三宅講師は相澤プロのレッスン講師とも親しいようで、ハルの事は四年前から知っていたそうだ。 うちのスカウトマンと肩を並べるほど目利きが確かだったその三宅講師が、迷い無くハルを影武者に推薦した。 SHDとLilyの名に傷を付けかねない今回の件で、完璧に影武者が出来るのは天性のセンスを持ったハルしか居ない……そう力説されてしまったんだ』
社長は、自社で解決しろと説得していたけど、これを言われてしまうと何も返せなかったと話した。
ありがたい事に、顔も分からない三宅講師はじめ、色んな人が俺をそれだけ買ってくれているという事だ。
家に帰ってからも、聖南はずっと微妙な顔をしていた。
俺が頑張りたいって言った事は応援したいし協力もすると断言してくれたけど、あの衣装がネックなのか、言葉少なだった。
そして、俺はもちろんその場の全員が耳にしてしまった、SHDとLilyの名前に傷が付くかもしれない事情というのも、超超超超極秘事項で───。
一時離脱する女性メンバーが、事務所の方針で恋愛御法度にも関わらず、彼氏との間で警察沙汰になるほどの大喧嘩をやらかしてしまったらしい。
その原因が、彼氏によるDV。
痣を作って親元へ駆け込んだその女性メンバーと、事務所、彼氏、二人の両親を交えての話し合いが現在も幾度となく行われているとか。
マスコミには、練習中の怪我で一定期間休養する旨をすでに流しているみたいだけど、この真実が公になると事務所の存続危機に陥るほどの大バッシングに晒される。
恋愛禁止のアイドルに彼氏が居た事も、その彼氏から暴力を受けていた事も、逆に女性側も正当防衛で男性に危害を加えてしまった事も、何もかもマイナスにしか働かない。
大塚芸能事務所のように大手の事務所であれば、これほどのスクープとなるとマスコミや芸能ジャーナリストと直接対話が出来るらしいんだけど、如何せんSHDエンターテイメントの業績はLilyだけが頼みの綱のような所があり、スキャンダルはどんな手を使ってでも避けたいとの事だった。
聖南が去年のミュージカルと並行して一曲だけプロデュースを手掛けたのが、Lily。
発売した今までのシングルは軒並み一位を取ってしばらくトップ三をキープし、中高生~二十代くらい(聖南がT層~F1層って言ってた)の女性達から圧倒的な支持を受けている。
さらに、聖南が関わった事で人気に拍車が掛かった。
よくよく思い出してみれば、 一回だけ生放送で被った事があったのに、俺は本番になるとあがり症がピークだから、Lilyの記憶がほとんどなかったのも申し訳ないながら頷けた。
影武者任務を言い渡されてから一ヶ月。
SHD本社への極秘潜入やLilyとの初顔合わせを済ませ、メンバー十人ともが納得のいかない顔で俺を迎え入れた。
思い出すのもツラいほど、練習は困難を極めた。
本当に、今までの振付けとまったくタイプが違うから、一ヶ月間猛練習したたった一曲さえもまだ完璧とは言えない。
「CROWNは今日はバックダンサーさんも来てるんですね。 三名入れ替わったって聞きましたけど、俺会った事ある人かな?」
「……あぁ。 …………」
この日俺は、Lilyとして初めての歌番組の収録にやって来ていた。
偶然にもCROWNが別の音楽番組で同じ局に居たから、メイクが終わったら出番前にこっそり抜け出して来いって聖南に言われて来たんだ。
───何かと思い出のある、この狭い無人の楽屋に。
「聖南さん?」
「葉璃……いや違うな。 今は……ヒナタちゃん、か」
「聖南さんまだ拗ねてるんですか?」
「拗ねてねぇし。 ミニスカ履くな、他の野郎共につるつるすべすべの脚を見せるな、俺のかわいー奥さんの顔に化粧ゴリゴリ盛って別人にするな、セミロングがギリなのに巻き髪ロングのツインテールなんか誰が許した? ……なんて言ってねぇだろ」
「……全部言いましたよね、今」
「言いたくもなるだろ! なんだよ、それ! 声しか葉璃じゃねぇよ!」
外に漏れ聞こえては大変だから、聖南はしかめっ面して怒ってるけどちゃんと声は抑えめだ。
春香の時とは違い、今回の影武者は離脱メンバーになりきるんじゃなく、あくまでサポートメンバーの体で新たに「ヒナタ」って女性を作り上げる事が俺の任務だ。
「聖南さん、スマホ鳴ってますよ。 時間ないのに来てくれたんですか?」
「会いたかったんだからしょうがねぇじゃん……。 葉璃もすぐリハだろ? 震えてねぇか? 大丈夫か?」
「……大丈夫じゃないです。 緊張……してます。 ……ぎゅってしてほしいです」
「ん~~♡ 顔は全然違うけどやっぱ葉璃はかわいーな! おいで!」
聖南はまだ衣装に着替える前だった。
抱きついた聖南からは俺と同じ匂いがして、すごくホッとした。
ミニスカ衣装が崩れない程度に優しく抱き締めてくれた聖南との逢瀬は、鳴り止まないスマホに急かされてあっという間に終わってしまった。
出て行った聖南とは時間差でここを出ようとしてる寂しい俺は、扉のノブに手を掛けて固まる。
緊張してるに決まってる。
───心細いよ。
最強の人見知りな俺は、まだメンバーの子達と全然打ち解けてないし、ダンスも完璧じゃない。
未完成な「ヒナタ」でカメラの前に立つ事は、ETOILEのハルでそこに向かうよりずっとずっと恐怖だ。
行かなきゃ、って分かってるけど、鼻腔に残る聖南の香りが恋しくてたまらない。
───この残り香があれば、大丈夫。 ……大丈夫。
己に言い聞かせて、Lilyの楽屋に戻るべくガチャッと扉を開けると、向こう側から「うおっ」と驚いた声がした。
「…………っ!」
昔の聖南を彷彿とさせるような、チャラそうな背の高い男性と目が合う。
驚かせてごめんなさい、と言おうとした口を慌てて噤んだ。
俺は今「ヒナタ」だった。 声は出せない。
「うーわ! 自分めっちゃ可愛いやん! どこのグループなん? 名前は? 彼氏はおるん? 俺の事知っとる?」
「────っっ!」
何やら方言混じりの馴れ馴れしい男から、腕を掴まれてまじまじと顔を覗き込まれた俺は、その男の凄まじい勢いに圧倒されて緊張がぶっ飛んだ。
───後に思い知る。
この時、彼を「聖南さんみたい」って思った俺の直感が、決して間違いではなかったという事を───。
to be continued…
やるやらないは偉い人達が決める事で、俺にはやっぱり決定権は無かった。
影響力のある聖南にも、止められなかった。
いくら、俺には身分不相応な任務です、と弱気な心が叫んだとしても、「はい」って言っちゃったからにはもう後戻りは出来ない。
だってね、帰りしなにこんな事を言われたら……渋ってた聖南と恭也も、他ならぬ俺も、納得せざるを得なかったんだ。
『三宅講師は相澤プロのレッスン講師とも親しいようで、ハルの事は四年前から知っていたそうだ。 うちのスカウトマンと肩を並べるほど目利きが確かだったその三宅講師が、迷い無くハルを影武者に推薦した。 SHDとLilyの名に傷を付けかねない今回の件で、完璧に影武者が出来るのは天性のセンスを持ったハルしか居ない……そう力説されてしまったんだ』
社長は、自社で解決しろと説得していたけど、これを言われてしまうと何も返せなかったと話した。
ありがたい事に、顔も分からない三宅講師はじめ、色んな人が俺をそれだけ買ってくれているという事だ。
家に帰ってからも、聖南はずっと微妙な顔をしていた。
俺が頑張りたいって言った事は応援したいし協力もすると断言してくれたけど、あの衣装がネックなのか、言葉少なだった。
そして、俺はもちろんその場の全員が耳にしてしまった、SHDとLilyの名前に傷が付くかもしれない事情というのも、超超超超極秘事項で───。
一時離脱する女性メンバーが、事務所の方針で恋愛御法度にも関わらず、彼氏との間で警察沙汰になるほどの大喧嘩をやらかしてしまったらしい。
その原因が、彼氏によるDV。
痣を作って親元へ駆け込んだその女性メンバーと、事務所、彼氏、二人の両親を交えての話し合いが現在も幾度となく行われているとか。
マスコミには、練習中の怪我で一定期間休養する旨をすでに流しているみたいだけど、この真実が公になると事務所の存続危機に陥るほどの大バッシングに晒される。
恋愛禁止のアイドルに彼氏が居た事も、その彼氏から暴力を受けていた事も、逆に女性側も正当防衛で男性に危害を加えてしまった事も、何もかもマイナスにしか働かない。
大塚芸能事務所のように大手の事務所であれば、これほどのスクープとなるとマスコミや芸能ジャーナリストと直接対話が出来るらしいんだけど、如何せんSHDエンターテイメントの業績はLilyだけが頼みの綱のような所があり、スキャンダルはどんな手を使ってでも避けたいとの事だった。
聖南が去年のミュージカルと並行して一曲だけプロデュースを手掛けたのが、Lily。
発売した今までのシングルは軒並み一位を取ってしばらくトップ三をキープし、中高生~二十代くらい(聖南がT層~F1層って言ってた)の女性達から圧倒的な支持を受けている。
さらに、聖南が関わった事で人気に拍車が掛かった。
よくよく思い出してみれば、 一回だけ生放送で被った事があったのに、俺は本番になるとあがり症がピークだから、Lilyの記憶がほとんどなかったのも申し訳ないながら頷けた。
影武者任務を言い渡されてから一ヶ月。
SHD本社への極秘潜入やLilyとの初顔合わせを済ませ、メンバー十人ともが納得のいかない顔で俺を迎え入れた。
思い出すのもツラいほど、練習は困難を極めた。
本当に、今までの振付けとまったくタイプが違うから、一ヶ月間猛練習したたった一曲さえもまだ完璧とは言えない。
「CROWNは今日はバックダンサーさんも来てるんですね。 三名入れ替わったって聞きましたけど、俺会った事ある人かな?」
「……あぁ。 …………」
この日俺は、Lilyとして初めての歌番組の収録にやって来ていた。
偶然にもCROWNが別の音楽番組で同じ局に居たから、メイクが終わったら出番前にこっそり抜け出して来いって聖南に言われて来たんだ。
───何かと思い出のある、この狭い無人の楽屋に。
「聖南さん?」
「葉璃……いや違うな。 今は……ヒナタちゃん、か」
「聖南さんまだ拗ねてるんですか?」
「拗ねてねぇし。 ミニスカ履くな、他の野郎共につるつるすべすべの脚を見せるな、俺のかわいー奥さんの顔に化粧ゴリゴリ盛って別人にするな、セミロングがギリなのに巻き髪ロングのツインテールなんか誰が許した? ……なんて言ってねぇだろ」
「……全部言いましたよね、今」
「言いたくもなるだろ! なんだよ、それ! 声しか葉璃じゃねぇよ!」
外に漏れ聞こえては大変だから、聖南はしかめっ面して怒ってるけどちゃんと声は抑えめだ。
春香の時とは違い、今回の影武者は離脱メンバーになりきるんじゃなく、あくまでサポートメンバーの体で新たに「ヒナタ」って女性を作り上げる事が俺の任務だ。
「聖南さん、スマホ鳴ってますよ。 時間ないのに来てくれたんですか?」
「会いたかったんだからしょうがねぇじゃん……。 葉璃もすぐリハだろ? 震えてねぇか? 大丈夫か?」
「……大丈夫じゃないです。 緊張……してます。 ……ぎゅってしてほしいです」
「ん~~♡ 顔は全然違うけどやっぱ葉璃はかわいーな! おいで!」
聖南はまだ衣装に着替える前だった。
抱きついた聖南からは俺と同じ匂いがして、すごくホッとした。
ミニスカ衣装が崩れない程度に優しく抱き締めてくれた聖南との逢瀬は、鳴り止まないスマホに急かされてあっという間に終わってしまった。
出て行った聖南とは時間差でここを出ようとしてる寂しい俺は、扉のノブに手を掛けて固まる。
緊張してるに決まってる。
───心細いよ。
最強の人見知りな俺は、まだメンバーの子達と全然打ち解けてないし、ダンスも完璧じゃない。
未完成な「ヒナタ」でカメラの前に立つ事は、ETOILEのハルでそこに向かうよりずっとずっと恐怖だ。
行かなきゃ、って分かってるけど、鼻腔に残る聖南の香りが恋しくてたまらない。
───この残り香があれば、大丈夫。 ……大丈夫。
己に言い聞かせて、Lilyの楽屋に戻るべくガチャッと扉を開けると、向こう側から「うおっ」と驚いた声がした。
「…………っ!」
昔の聖南を彷彿とさせるような、チャラそうな背の高い男性と目が合う。
驚かせてごめんなさい、と言おうとした口を慌てて噤んだ。
俺は今「ヒナタ」だった。 声は出せない。
「うーわ! 自分めっちゃ可愛いやん! どこのグループなん? 名前は? 彼氏はおるん? 俺の事知っとる?」
「────っっ!」
何やら方言混じりの馴れ馴れしい男から、腕を掴まれてまじまじと顔を覗き込まれた俺は、その男の凄まじい勢いに圧倒されて緊張がぶっ飛んだ。
───後に思い知る。
この時、彼を「聖南さんみたい」って思った俺の直感が、決して間違いではなかったという事を───。
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