必然ラヴァーズ

須藤慎弥

文字の大きさ
上 下
541 / 541
~五・六月某日~(全五話)

♡「ルイ」

しおりを挟む
─葉璃─ 六月某日




 やるやらないは偉い人達が決める事で、俺にはやっぱり決定権は無かった。

 影響力のある聖南にも、止められなかった。

 いくら、俺には身分不相応な任務です、と弱気な心が叫んだとしても、「はい」って言っちゃったからにはもう後戻りは出来ない。

 だってね、帰りしなにこんな事を言われたら……渋ってた聖南と恭也も、他ならぬ俺も、納得せざるを得なかったんだ。


『三宅講師は相澤プロのレッスン講師とも親しいようで、ハルの事は四年前から知っていたそうだ。  うちのスカウトマンと肩を並べるほど目利きが確かだったその三宅講師が、迷い無くハルを影武者に推薦した。  SHDとLilyの名に傷を付けかねない今回の件で、完璧に影武者が出来るのは天性のセンスを持ったハルしか居ない……そう力説されてしまったんだ』


 社長は、自社で解決しろと説得していたけど、これを言われてしまうと何も返せなかったと話した。

 ありがたい事に、顔も分からない三宅講師はじめ、色んな人が俺をそれだけ買ってくれているという事だ。

 家に帰ってからも、聖南はずっと微妙な顔をしていた。

 俺が頑張りたいって言った事は応援したいし協力もすると断言してくれたけど、あの衣装がネックなのか、言葉少なだった。

 そして、俺はもちろんその場の全員が耳にしてしまった、SHDとLilyの名前に傷が付くかもしれない事情というのも、超超超超極秘事項で───。

 一時離脱する女性メンバーが、事務所の方針で恋愛御法度にも関わらず、彼氏との間で警察沙汰になるほどの大喧嘩をやらかしてしまったらしい。

 その原因が、彼氏によるDV。

 痣を作って親元へ駆け込んだその女性メンバーと、事務所、彼氏、二人の両親を交えての話し合いが現在も幾度となく行われているとか。

 マスコミには、練習中の怪我で一定期間休養する旨をすでに流しているみたいだけど、この真実が公になると事務所の存続危機に陥るほどの大バッシングに晒される。

 恋愛禁止のアイドルに彼氏が居た事も、その彼氏から暴力を受けていた事も、逆に女性側も正当防衛で男性に危害を加えてしまった事も、何もかもマイナスにしか働かない。

 大塚芸能事務所のように大手の事務所であれば、これほどのスクープとなるとマスコミや芸能ジャーナリストと直接対話が出来るらしいんだけど、如何せんSHDエンターテイメントの業績はLilyだけが頼みの綱のような所があり、スキャンダルはどんな手を使ってでも避けたいとの事だった。

 聖南が去年のミュージカルと並行して一曲だけプロデュースを手掛けたのが、Lily。

 発売した今までのシングルは軒並み一位を取ってしばらくトップ三をキープし、中高生~二十代くらい(聖南がT層~F1層って言ってた)の女性達から圧倒的な支持を受けている。

 さらに、聖南が関わった事で人気に拍車が掛かった。

 よくよく思い出してみれば、 一回だけ生放送で被った事があったのに、俺は本番になるとあがり症がピークだから、Lilyの記憶がほとんどなかったのも申し訳ないながら頷けた。




 影武者任務を言い渡されてから一ヶ月。

 SHD本社への極秘潜入やLilyとの初顔合わせを済ませ、メンバー十人ともが納得のいかない顔で俺を迎え入れた。

 思い出すのもツラいほど、練習は困難を極めた。

 本当に、今までの振付けとまったくタイプが違うから、一ヶ月間猛練習したたった一曲さえもまだ完璧とは言えない。


「CROWNは今日はバックダンサーさんも来てるんですね。  三名入れ替わったって聞きましたけど、俺会った事ある人かな?」
「……あぁ。  …………」


 この日俺は、Lilyとして初めての歌番組の収録にやって来ていた。

 偶然にもCROWNが別の音楽番組で同じ局に居たから、メイクが終わったら出番前にこっそり抜け出して来いって聖南に言われて来たんだ。


 ───何かと思い出のある、この狭い無人の楽屋に。


「聖南さん?」
「葉璃……いや違うな。  今は……ヒナタちゃん、か」
「聖南さんまだ拗ねてるんですか?」
「拗ねてねぇし。  ミニスカ履くな、他の野郎共につるつるすべすべの脚を見せるな、俺のかわいー奥さんの顔に化粧ゴリゴリ盛って別人にするな、セミロングがギリなのに巻き髪ロングのツインテールなんか誰が許した?  ……なんて言ってねぇだろ」
「……全部言いましたよね、今」
「言いたくもなるだろ!  なんだよ、それ!  声しか葉璃じゃねぇよ!」


 外に漏れ聞こえては大変だから、聖南はしかめっ面して怒ってるけどちゃんと声は抑えめだ。

 春香の時とは違い、今回の影武者は離脱メンバーになりきるんじゃなく、あくまでサポートメンバーの体で新たに「ヒナタ」って女性を作り上げる事が俺の任務だ。


「聖南さん、スマホ鳴ってますよ。  時間ないのに来てくれたんですか?」
「会いたかったんだからしょうがねぇじゃん……。  葉璃もすぐリハだろ?  震えてねぇか?  大丈夫か?」
「……大丈夫じゃないです。  緊張……してます。  ……ぎゅってしてほしいです」
「ん~~♡  顔は全然違うけどやっぱ葉璃はかわいーな!  おいで!」


 聖南はまだ衣装に着替える前だった。

 抱きついた聖南からは俺と同じ匂いがして、すごくホッとした。

 ミニスカ衣装が崩れない程度に優しく抱き締めてくれた聖南との逢瀬は、鳴り止まないスマホに急かされてあっという間に終わってしまった。

 出て行った聖南とは時間差でここを出ようとしてる寂しい俺は、扉のノブに手を掛けて固まる。


 緊張してるに決まってる。

 ───心細いよ。


 最強の人見知りな俺は、まだメンバーの子達と全然打ち解けてないし、ダンスも完璧じゃない。

 未完成な「ヒナタ」でカメラの前に立つ事は、ETOILEのハルでそこに向かうよりずっとずっと恐怖だ。

 行かなきゃ、って分かってるけど、鼻腔に残る聖南の香りが恋しくてたまらない。


 ───この残り香があれば、大丈夫。  ……大丈夫。


 己に言い聞かせて、Lilyの楽屋に戻るべくガチャッと扉を開けると、向こう側から「うおっ」と驚いた声がした。


「…………っ!」


 昔の聖南を彷彿とさせるような、チャラそうな背の高い男性と目が合う。

 驚かせてごめんなさい、と言おうとした口を慌てて噤んだ。

 俺は今「ヒナタ」だった。  声は出せない。


「うーわ!  自分めっちゃ可愛いやん!  どこのグループなん?  名前は?  彼氏はおるん?  俺の事知っとる?」
「────っっ!」


 何やら方言混じりの馴れ馴れしい男から、腕を掴まれてまじまじと顔を覗き込まれた俺は、その男の凄まじい勢いに圧倒されて緊張がぶっ飛んだ。






 ───後に思い知る。

 この時、彼を「聖南さんみたい」って思った俺の直感が、決して間違いではなかったという事を───。













to be continued…
しおりを挟む
感想 3

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(3件)

亜希暁
2020.09.30 亜希暁

エから始まるサイトで前半見てきました!
後半も一気に読んじゃいました!!
めっちゃ面白かったです!!(●︎´▽︎`●︎)
次回の更新も待ってますね!!
頑張ってください( •̀ᄇ• ́)ﻭ✧ファイティン!!

2020.10.01 須藤慎弥

karuruさん こんにちは\(^o^)/
見つけてくださったんですね!?!
しかも更新分まで一気読み!?
しかもしかも応援まで!?
ありがとうございます!(´இωஇ`)
これからも頑張ります(^^)

解除
亜希暁
2020.09.27 亜希暁

うぅ・・・
この話を読みたいのに前半がないから読めない(´TωT`)
頑張って他サイト探しますね(・ω・*)

2020.09.27 須藤慎弥

あぁ……!誠に申し訳ございません!(。>ㅅ<。)՞՞
他サイトは f から始まるサイト様と、エ から始まるサイト様にて閲覧可能でございます!
よかったらぜひそちらの方へお立ち寄りくださいませ(>人<;)

解除
藍
2020.09.10

最近から前編を見始めハマっていたのですがまだ見ている途中で非公開に😭😭
また公開していただけるのお待ちしております😌🙏

2020.09.10 須藤慎弥

藍さん、必然ラヴァーズを読んでいただきありがとうございます!
予告なく非公開にしてしまい、大変申し訳ございません。
他作品にて非公開処理処分を受けてしまい、運営様とのやり取りの結果「必然ラヴァーズ」の方が処分を受けた作品よりも規約違反にあたると判断しました。
現在更新中の【後編】を【前編】に足す形で、一つにまとめたものを再公開しようと思っています。
その作業には何日かお時間を頂きます。
この作品は他の投稿サイトでも公開している作品となりますので、もし続きが気になると思っていただけるのでしたら、ぜひそちらへ遊びに行ってみてください\(^o^)/(サイト名は控えておきます(。>ㅅ<。)՞՞)
ハマっていただけて嬉しいです(*^^*)
セナハルは続編もございますので、これからもよろしくお願いいたします(^^)

解除

あなたにおすすめの小説

ある少年の体調不良について

雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。 BLもしくはブロマンス小説。 体調不良描写があります。

ハンターがマッサージ?で堕とされちゃう話

あずき
BL
【登場人物】ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ハンター ライト(17) ???? アル(20) ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 後半のキャラ崩壊は許してください;;

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

【完結】嘘はBLの始まり

紫紺
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。 突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった! 衝撃のBLドラマと現実が同時進行! 俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡ ※番外編を追加しました!(1/3)  4話追加しますのでよろしくお願いします。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。