必然ラヴァーズ

須藤慎弥

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〜八月某日〜(全六話)

ETOILE初歌番組❥⑤

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   結局、葉璃は一言も発さないままであったが、これで良かった。

   聖南はもちろん、アキラとケイタも葉璃に甘いので、結束して葉璃を守る事に尽力する。

   デビューしたては、たくさんの経験をして成長しなければならない。

   甘えなど許されない。

 ……と三人も分かってはいるのだが、葉璃を見ているとまだどうしても無意識に守ってしまう。

   可愛い子には旅はさせられない。

   心配で心配で。

   困らせたくはないし、泣かせたくもない。

   まずはこの状況に徐々に慣れていけば、少しずつ余裕も出てくるはすだ。

   当然、そんな風に守り通す三人の気持ちを葉璃も知っているだろうけれど、トーク中も気を失いそうな顔で司会者の女性を睨み付ける勢いで見詰めていた。

   葉璃も、あの上がり症を何とかしたいと思っているのだ。

   だが聖南は、「そんなに心配しなくていい」と毎回しつこいほど葉璃に言ってやっている。

   何せ葉璃は曲がかかると人が変わるのだ。

   ダンスは完璧、歌声も音程もテンポも申し分なく、文句の付けようがないほど素晴らしいパフォーマンスを繰り広げる。

   今の今までガタガタ震えていただろ、と何度思ったか知れない。

   葉璃は良い意味で聖南達の心配を裏切り、跳ね除ける。


「いよいよだな」


   セット内にスタンバイした二人を見て、アキラが聖南に耳打ちしてきたので、神妙に頷いておく。

   今日の二人の衣装は、例の葉璃拉致事件に巻き込まれた際に来ていた修復済みのスーツだ。

   葉璃は真っ赤なスーツ、恭也は濃紺のスーツを身に纏い、胸元にはそれぞれのスーツの色味にあった百合のコサージュ。

   色々と嫌な事を思い出すのではないかと聖南は危ぶんでいたけれど、葉璃はそんな事よりも緊張と戦う事に必死で取り越し苦労に終わって何よりだ。

   リハーサル時と同様、スタンドマイクの前に立つ葉璃が瞳を瞑った。


『それでは聴いて頂きます。 ETOILEで、silent』


   女性司会者の紹介の後、聖南が自宅で試行錯誤して創り上げていったメロディーが流れ始めた。

   葉璃と恭也は一糸乱れぬ振付をこなし、一度も音程を外す事なく歌っている。

   二人のソロパートはサビ以外ほとんどない。

   重なるととても聴き心地の良い二人の声が、複雑に絡まっていく。

   このパート割りを覚えるだけでも大変だったはずだ。

   ボイストレーニングもレッスンの一貫でこなしてきていた恭也とは違い、数日のみの練習期間で何もかも初めて尽くしのレコーディングを迎えた葉璃のプレッシャーは、聖南の想像を絶するほど大きかったに違いない。

   あの時はちょうど成長痛とも戦っていた。

   それなのに葉璃は、弱音はほとんど吐かなかった。

   緊張から逃げたいとは言っていたが、「出来ない」と言った事は一度たりともない。

   葉璃は強い。

   そして華と才能がある。

   幾度も思い知る葉璃の底力に、聖南はモニターを見詰めたまま涙が溢れそうだった。

   この現場で葉璃と出会わなければ、過去に縛られていた聖南も変われなかったし、葉璃と愛し合う事も出来なかった。

   あの日の事が走馬灯のように蘇る。

   歌いながらカメラを一心に見詰めるその瞳が、テレビの向こうの視聴者の心に深く刺さっている事だろう。

   誰あろう、聖南が撃ち抜かれたのだ。

   恭也と共に舞う聖南の蝶々は、どこまでも華やかで健気で、美しい。

   万人ウケするように多少書き換えはしたが、聖南が葉璃に恋した気持ちを乗せたこの曲が、今まさに全国に届いている。

   葉璃と恭也のオーラと、素晴らしい歌声と、未知なる可能性を秘めた彼らの瞳が……。





   オープニングでの元気はどこへやら。

   ETOILEの歌唱終わりにすぐさまエンディングへと入った番組により、司会者が聖南に一言コメントを求めてきたけれど気の利いた事は言えなかった。

   感動で胸が一杯だったからだ。

   葉璃と出会ったこの場所で、聖南が創造したETOILEのデビュー曲を披露するなんて、運命……いや、やはり必然としか思えない。

   胸がいっぱいな聖南は、客席とスタッフへの挨拶をこなした後、葉璃を無人の控え室に拉致した。

   今すぐ抱き締めたくてたまらなかった。


「わわっ、聖南さんっ?」
「葉璃、最高だった。 感動した」


   胸の中で、また連れ込まれた……と呟く葉璃のふわふわな髪を撫でてやる。

   聖南の恋人は、ようやく緊張から解き放たれたというのに、まだ体は小刻みに震えていた。


「ほんとですか……? ……聖南さん、俺、ちゃんと歌えてましたか……?」
「あぁ。 音程と振付のミスり、一つも無かった。 やっぱ本番に強えな、葉璃は」
「そうですか……良かった……」
「ほら、もっとギュッて抱き付けよ。 まだ震えてんぞ」
「……はい。 聖南さん……」


   聖南がより一層力を込めて葉璃を抱くと、葉璃もじわじわとキツく背中を抱いてくる。

   本番の前後に葉璃を襲う上がり症は、場数を踏む事で必ず改善されるはずだと思うのだが、何だかそれも少し寂しい。

   今日はたまたま出演が被っていたから激励出来たけれど、このあと聖南はまた地方へ飛ぶのだ。

   まだ場数を踏む前の段階に居る葉璃が、明日以降もこうして震えてしまう事を考えると……とても心配である。


「本番は大成功で終わった。 明日以降の歌番も、やれるな?」
「…………やれます、……多分」
「おいおい、多分はナシ」
「……だって……明日から聖南さん、居ないんでしょ? 本番終わってすぐ、「最高だった」って言ってくれないんでしょ? ……こうやって……抱き締めてくれないんでしょ?」



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