必然ラヴァーズ

須藤慎弥

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〜八月某日〜(全六話)

ETOILE初歌番組♡②

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   そっか。

   恭也はずっと、「二人で補い合えばいい」という言葉を信条に掲げてるって言ってたっけ。

   雑誌の取材の時も、緊張してロクに喋れない俺を庇って、そう素直に記者さんに答えてくれていた。

   今置かれてる状況は緊張しない方がおかしいのかもしれないけど、俺はそれが極度に表れるからいつも恭也に助けてもらってる。

   バックダンサーをこなす出番前も、こうして毎回レアな笑顔を浮かべて「葉璃は緊張しててもいいんだよ」って言ってくれて、それで俺は何とか自分を保ててる。


「そんなにすぐには、人は変われないよ、葉璃。 俺は、葉璃が緊張でガタガタしてるの、好き。 俺がしっかりしないと、って奮い立たせても、くれるし」
「それはどうなの……? いっつも迷惑かけてごめんね、恭也……」
「迷惑なんて思ってないよ。 おいで、葉璃。  ハグしよ」


   恭也が、トイレから出ようとした俺に向かって両腕を広げた。

   デビュー会見前のあの日以降、聖南に許しをもらってるからなのか、恭也は度々俺をハグして緊張を解そうとしてくれる。

   震える足でヨタヨタと恭也に近付いて、衣装が崩れないように控えめに抱き付いた。


「これやると、少しはいいもんね?」
「……うん。 ありがと、恭也」


   抱き付くと、恭也の心臓もちょっと落ち着きがないのが分かった。

   恭也は無表情がうまいだけで、緊張してないわけじゃない。

   俺だけじゃないんだって分かると、ほんの一分くらいハグするだけで不思議と震えが止まる。

   親友であり、同士でもある、大切な人。

   聖南達は俺達の関係を変だって思ってるかもしれないけど、俺と恭也はそんなの気にしない。

   恋愛感情を抱かない愛っていうものが、俺達の間には確かにある。

   それを説明しろって言われたら困っちゃうんだけど。


「お。 葉璃、恭也、お疲れ!」
「お疲れ~ハル君、恭也!」
「ハル大丈夫か? 恭也、お疲れ」


   前室の扉を開けると、CROWNの三人が他の出演者達を圧倒していた。

   CROWN、ETOILEの他に三組のアーティスト(ソロの女性歌手、五人組のロックバンド、十一人組の女性ダンスグループ)がその場に居たんだけど、入ってすぐに分かった。

   聖南、また無意識に威圧感与えちゃってる。


「おはようございます」
「……お、おはよう、ございます……」


   CROWNだけではなく、他のアーティストさん達にも一礼して、空いてた椅子に恭也と並んで腰掛けた。

   すると縮こまっていた三組の皆さんからも「おはようございます」って返ってきて、ペコペコと会釈しておいた。

   新人の俺達が、何故か一番奥の上座に座ってしまったけどそこしか空いてなくて、かつ聖南から手招きされたから仕方ない。

   隣に居る聖南とは三日ぶりに会う。

   相変わらず、俺を見て八重歯を覗かせて年齢不相応に可愛く微笑んでる。


「ハル君、今日もガチガチだね」
「顔が強張ってるぞ、ハル。 何か飲むか?」
「葉璃、あの手のひら文字やった?」
「い、いえ、あんまり飲んだらトイレ行きたくなるから、やめておきます。 手のひら文字はやってないです、あれ効かないし……」


   あ、……今日のCROWNの衣装もかっこいい。 ツアーの時に見惚れてしまった、あの和装だ。

   聖南は黒、アキラさんは赤、ケイタさんは紫のそれぞれのメンバーカラーの袴姿に見惚れちゃって、俺は返事をしながら瞬きを忘れてた。


「あ~あれはもうやめた方がいいな。 俺に会いたくなんだろ?」


   聖南がそう言って、最後の言葉だけ、耳打ちしてきた。

   ……その通りだけど、顔が熱くなっちゃうから今言わないでほしい。

   今にも肩を組んできそうな聖南に密着されてるから、他のアーティストさん達の視線が痛い。


「セナさん、葉璃、成長したんですよ。 控え室の隅っこでいじけるの、今日はしてませんでしたから」
「い、いじけるって……っ」
「お、マジで? 話し掛けて返答あった?」
「それはまだ、難易度が高そうです。 でも、ジッとしないで、ウロウロしてたから、動く余裕は出てきたのかも」
「ふふっ……ハル君ウロウロしてたんだ」
「本番前に動き回れるようになったのか、ハル。 超成長したじゃん」
「そんなの成長って言わないですよ……みんなで俺を揶揄って……」


   どうしてこの四人に囲まれると俺はいつもイジられちゃうんだろ。

   緊張してて頭の回転もいつも以上に鈍くなってるのに。

   ぷ、とほっぺたを膨らませていじけると、聖南がすかさず指で空気を抜いてきた。

   ……聖南も顔が笑ってる。


「葉璃、今日のヘアセットいいじゃん。 ……? これピアスじゃねぇよな?」


   ヤバイ、本番の時間が迫ってる。

   時計を見るとドッと緊張が増してきた。

   手汗で手のひらが気持ち悪くなってきて、聖南が何か言ってきたのを無視しておしぼりを手に取る。

   冷たい感触が手のひらの熱を冷ましてくれた。

   もうすぐADさんが来る。

   そう思うと、周りの声が聞こえなくなってきた。

   ダメだ、緊張しちゃ、ダメ。

   目を閉じておしぼりをギュッと握っていると、俺の限界状況を察した恭也が代わりに答えてくれている。


「………………」
「それは、イヤリングです。 スタイリストの方が、付けてくれてました」
「そっか。 ……やべぇな。 アキラ、ケイタ、葉璃見て。 かわいくね?」
「分かったから。 セナ、そのニヤケ顔何とかしろよ」
「ETOILEの本番楽しみだなぁ~」


   出演アーティストさん達に聞こえないように小声で交わしている呑気な会話が、嫌でも俺の耳に入ってきてまた膨れた。

   そのすぐ後、聖南に空気を抜かれる間もなくADさんからお呼びがかかった。

   …………本番だ。



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