必然ラヴァーズ

須藤慎弥

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〜七月二十九日〜(全六話)

〜聖南の手作り朝食〜②

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   野菜室に茄子が大量にあったので、あっさり麻婆茄子を作ろうとフライパンに火をかける。

   独学で学んだ料理なので店には劣るが、聖南は一度作れば味も調味料も手順もすぐに覚えてしまうので、助かった。

   まさか恋人の家族に振る舞う事になるとは思わなかったが、激しく動揺を見せるこの親子よりは聖南が作った方がきっと味は確かだ。


「ちゃんと葉璃パパにも後日挨拶にくるつもりだけど、まずは葉璃ママに許可貰っとこーと思って」
「そ、そ、それは同棲って事に、なるのかしら……?」
「そうなんですけど、表向きは後輩とルームシェア、ですかね。 万一マスコミに勘繰られないように、同じ階にもう一つ部屋借りたんでそっちに住所移せば問題はないし」
「えぇ!? 聖南さん、もう一つ部屋借りたんですか!?」
「借りたよ。 言ってなかった?」
「聞いてないですよ!!」
「あー社長には話したからそれで葉璃にも言ったつもりでいたんだな」


   葉璃の誕生日にプロポーズをすると決めてから、聖南は着々と準備に取り掛かっていた。

   同棲すると一言で言っても、葉璃の両親には到底理解し難い関係である事は聖南にも分かっている。

   だからこそ、葉璃が聖南から逃走したあの日を境に、仕事の合間を見付けては葉璃ママと葉璃パパへ「葉璃は大丈夫ですよ」と電話を掛けて真摯に向き合ってきた。

   デビューに慄いて逃げ出したのだと思っている葉璃の両親の不安を少しでも払拭できるようにとの意味合いもあったが、聖南の真剣な態度を見せる重要な接触でもあった。

   はじめは理解されなくて当然。

   だが少しずつでも、聖南が葉璃を想う気持ちに嘘はないのだと知ってほしい。

   大切な息子を貰うからには、それだけの覚悟を持っているのだという聖南の本気度合いを、分かっておいてもらいたかった。


「葉璃、その……本気、なのよね?」


   リビング内が聖南の作る料理の匂いで溢れてきた。

   ソファに陣取っていた春香も、葉璃ママの言葉に席を立つ。

   聖南が手際よく料理している様を、似たような背丈の倉田家の住人三人がオープンキッチンの向こうからジッと見てきて、何とも微笑ましい。

   葉璃ママから問われた葉璃はどう答えるのかと、聖南は一旦作業を止めて葉璃を見詰めた。
 

「……聖南さんとの事……?」
「そうよ」
「…………うん、本気」
「俺も頷いた方がいい?」
「セ、セナさんの意思は充~~分、分かったから大丈夫よ! 葉璃の気持ちよ、大事なのは」
「……母さん、俺も本気だよ。 デビューが決まったから聖南さんと一緒にいるわけじゃない。 俺が聖南さんと居たいから、一緒に居る。 ……一緒に居たい」


   葉璃ママの前で、葉璃はやや照れながらではあったが聖南が安心する言葉を言ってくれた。

   そんなに可愛い事を言われては、口元が緩んでしまう。

   葉璃の決意は変わっていないと安堵した聖南は、ニヤニヤしながら卵焼きを作り始めた。

   
「そうなの……何だかやっと腑に落ちたわ。 葉璃が居なくなった時、セナさん血相変えていたものね。 ただの後輩にこんなに親身になってくれるなんて……って感動していたけど、あれは葉璃の事が大切だったからなのね……」


   根暗な葉璃が変わり始めた事も、前を向いて瞳を輝かせ始めたのも、聖南との付き合いが大きく関係しているのだと葉璃ママは察したようだ。

   あの時の聖南の取り乱し方は静かではあったが、誰の目にも狼狽が見て取れた。

   葉璃ママも葉璃パパも心配していたかもしれないが、今にも倒れそうだった聖南が恐らく一番かもしれなかった。

   葉璃が居なくなったら生きていけない、このまま離れていったらどうしよう、葉璃の身に何かあったら聖南はどうしたら良いのか……。

   葉璃がまだ、聖南をふわふわとしか愛してくれていないように感じていたので、心配というより絶望に近かった。


「その節はお騒がせしました。 俺からもキツーーく言ってありますんで、葉璃ももうあんな大騒動起こさないと思います」
「お、大騒動って!」
「セナさんの言う通り。 あの件は私も葉璃失踪事件って呼んでます」
「マジでな。 春香の怒号飛んでたもんな」
「ほんとですよっ、この家にCROWNと荻蔵斗馬さんが集合したなんて、今考えても大事件!!」
「事件とか騒動とか……」
「あれが大事件じゃなかったら何なのよ! お母さんもお父さんも春香もたくさん心配したのよ!? もちろんセナさんも!!」


   春香も加わって四方から葉璃が責められ始めたので、聖南も加担しておきながら可哀想になってきた。

   頬が膨れっぱなしの葉璃を指先で呼ぶ。

   思わずその膨れた頬に触れたいと思ってしまったが、さすがに葉璃ママの前でイチャつくのは早過ぎる。


「葉璃ごめん、大皿四枚取って」
「あ、はい」
「葉璃ママは今日仕事ですか?」
「え、えぇ、お昼前から出るの」
「弁当作っときますね。 おかず作り過ぎた」
「えぇ!?! セ、セ、セナさんの手作りお弁当……っ!?」


   弁当まで用意すると言われて驚いた葉璃ママが、舞台役者のように四歩ほど後ろへ後退した。



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