必然ラヴァーズ

須藤慎弥

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 グレーのカッターシャツに黒のチノパンというラフな衣装に着替えて、今日は司会者のタレント二名と共に、この旅館探訪と旅館の食事を楽しみながら聖南の人となりを探ろうという企画だそうだ。

 聖南にとっては楽しみでしかない仕事なのだが、現在旅館側からの待ちを告げられて客室で待機している。

 プロデューサーとの話し合いの際、私情で遅刻した事を詫びようとしたのだが、午前は女性タレントの入浴シーンを撮っていたらしいので、どのみち聖南は来ていても待ちだったと知ってからは知らん顔をしておいた。

 優雅に緑茶を啜っていると、成田のスマホがいよいよ着信を知らせた。

 未だ聖南と葉璃の関係にドギマギしている成田は放っておいて、聖南はすぐさまイヤホンを装着した。


『もしもし、麗々のマネージャーの筒井ですが!  先程の件、聖南さんと事務所にはお伝え頂けましたでしょうか!?』


 こちらが話す間もなく、マネージャーの筒井という男性がまくし立ててきた。

 よほど焦っているのだろうとその時点で分かってしまい、聖南はイヤホンを押さえながら苦笑してしまう。

 まさに葉璃が言っていた通り、聖南が思っている以上に事態は深刻で、一大事となっているようだ。


「俺、聖南本人だけど」
『え!?  あ、は、はい!  申し訳ございませんでした!!  うちの麗々が、聖南さんに不快な思いをさせてしまいました!!  誠に申し訳ございませんでした!!!』


 電話の声が漏れ聞こえたのか、成田は苦々しく聖南を見てタブレットをテーブルに置き、様子を見守る。

 聖南は昨日の出来事や気持ちを振り返り、是非の初心忘れるべからず、という言葉を思い出した。


「……俺も大人げなかったと思ってるから、もう謝んなくて大丈夫っす。  今後もしまたカップル撮影あっても断わんねぇから、安心して下さい。  ご迷惑かけました」
『え、ええ!?  あ、あの!?  許していただけるんですか!?』
「そっすね」
『ありがとうございます!!  ただ、麗々の気が治まらないとの事なので、一度直接謝罪には伺わせて頂きたいのですが……』
「いやー……いらねっすよ。  昨日謝罪は受けたんで」
『そこを何とか!!  成田マネージャーから、今日はロケが終わるとセナさんは事務所内での仕事だと窺っております!  そちらまで出向きますので、ぜひ再度謝罪させて下さい!』


 聖南はジロリと成田を見た。

 スケジュールをバラされてしまっては、この後いくらロケが長引いても事務所まで来られて確実に会わなければならないではないか。


「…………分かりました。  二十時には事務所に着いてると思うんで、そのくらいに」


 マネージャーの筒井は心の底からホッとしたように何度も聖南に礼を言っていた。

 通話の終わったスマホをことん、とテーブルに置いた聖南は、ぬるくなった緑茶を一気に飲み干す。


「セナ……ちゃんと応対する、って、嘘じゃなかったな」
「だろ?  ぶっちゃけまだキレてっけど、仕事だから割り切れ、周りに迷惑かけるなって言われちまったからな」
「……それは……葉璃君に?」
「そう。  役者じゃないんだから、俺は仕事でキスなんてまずしねぇじゃん?  恋人だったらそこ突っつかれると思ってたんだけど、葉璃は違った。  俺の甘えを見透かされてなぁ……破局の危機だったぜ」


 聖南は今朝の事を思い出して身震いしたが、その様を間近で見ていた成田も驚きを隠せなかった。

 年齢よりも幼く見え、正直まだ無知な子どものような印象に見えた葉璃が、この聖南を一喝し、しかも考えを改めさせるなど相当な事だ。

 パーティー会場でのユニットお披露目時、緊張のあまり失神寸前だった子と、聖南を諭した恋人が同一人物だなんて信じられないと、往生際悪く疑ってしまう。


「まだ信じられないんだけど……セナと葉璃君が付き合ってるっていうのは本当なんだよね。  ……はぁ……また極秘事項が増えるのか……」


 成田は聖南と知り合ってから今まで、言えない秘密をたくさん抱えさせられてきた。

 だがこれは過去のどれも類を見ないほど超ド級のスキャンダルなので、思わず成田も身震いしてしまう。


「俺は別に隠さなくてもいいと思ってっから極秘事項でも何でもないけど。  葉璃が傷付く事になるなら秘密にしといた方がいんだよな?」
「それはそうだね。  セナはキャラ的に受け入れられるかもしれないけど。  中傷と批判、セナのファンからの嫉妬や妬みを葉璃君が一手に引き受ける形になると思う。  それを黙って見てられるほど、セナもできた人間じゃないって事は昔からよーく知ってるし」
「うるせぇよ」


 聖南がこれまで嫌な顔一つ見せないで仕事をこなしてきた事は、成田が一番よく分かっているかもしれない。

 スタッフや共演者への気使いは、この芸歴から考えるとやり過ぎなほどだ。

 けれど、聖南は一度プライベートスイッチを押すと勝手だったりマイペースだったりが色濃く出て来て、それこそ子どものようだった。

 昨日の件も、聖南の逆鱗に触れたのだと分かった段階ですべて諦めた。

 ああなったら、誰がなんと言おうと手が付けられないからだ。

 そんな聖南をたった数時間で改心させるとは、葉璃は一体どんな手を使ったのだろうと思うのと同時に、成田や他の人物では到底敵いっこない愛の力は、とても偉大なのだと思い知る。


「いやぁ……でも、そっかー。  セナがあれだけ躍起になって手に入れようとしてたのが、葉璃君だったとはなぁ……」
「無事手に入りました。  その節はご協力ありがとうございました」
「今さら殊勝にしても遅いよ、セナ」


 成田の一言にチっと舌打ちしながら、聖南は急須から緑茶を注いで笑った。

 夜は事務所にてCROWNの新曲の作詞を詰めなければならない。

 聖南はロケを巻きでこなし、レッスン終わりの葉璃を迎えに行くつもりだった。

 しかし夜の露天風呂の撮りがあると聞けば十九時以後の終わりは確実で、かつ二十時に気乗りしない予定が入ってしまったのでそれは無理そうだ。

 葉璃は親を呼ぶと言って聞かず、聖南が渡そうとした現金も受け取らなかったので、よく知りもしない奴がもし葉璃を送るなどと言い出したらどうしようと内心気が気ではなかった。


『……夕方休憩の時電話してみっかな。  葉璃ママが来れねぇってなったら成田さんに行ってもらお』



「セナさーん、お願いしまーす!」


 襖の向こうから声が掛かり、聖南は注いだばかりの熱いままの緑茶を飲み干して立ち上がった。


「セナ、頑張って」
「おぅ。  このロケ最高じゃん。  下町の街ブラより好き」


 聖南は上機嫌だった。

 顔馴染みのタレント数名と、旅館内と周辺探索をして、聖南は司会者から矢継ぎ早に繰り出されるあれこれを答えていく。

 都会の喧騒を忘れさせる情緒溢れるこの旅館での一時は、ロケである事をも忘れさせるほどのどかだった。


『葉璃のデビュー落ち着いたら、こういうとこでゆっくりすんのもいいな』


 年越しを過ごしたあの豪奢なホテルも良かったが、葉璃にはこちらの方が合っているかもしれないと、仕事中も常に葉璃の事を考えている聖南の優先順位は相変わらずであった。




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