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しおりを挟む聖南はいつも、何かあったらすぐに個室へ連れ込む。
そして痛いほど抱き締められて、キスされる。
口の周りが唾液でベタベタになって、口紅が不衛生にも互いのものになったとしても、聖南となら笑い合えるから、別に構わない。
たまたま佐々木さんと入ったのがさっきの誰も居ない楽屋だって何で気付いたのかっていうと、聖南が取り出してきたメイク落としがまだテーブルの上に置いてあったからだ。
「大方想像は付くけど……話って何かな?」
俺が佐々木さんをこの場所に連れ込んだのには訳がある。
佐々木さんと、話をしなくちゃいけない。
明日と年始、まだあと二回もハルカとしての役目があるのに、佐々木さんの恋心に押しつぶされてる暇なんか無いという結論に至った。
出番まで緊張している間に考えてたのは、聖南の事だけ。
聖南さん、どうか力貸して……と願いながら閉じこもってたトイレから出ると、その本人が居たからマジでビックリした。
恥ずかしいけど、その瞬間、運命の赤い糸っていうのを信じてしまった。
「……佐々木さん。 もし俺が変な事言っても、最後までちゃんと聞いててほしいです」
「うん。 分かったよ」
memoryのみんなが待つ楽屋へ早く戻らないといけないから、時間は数分しかない。
話はまだ全然纏まってないし、自分の気持ちを佐々木さんに伝える事が怖くてたまらないままだけど、俺は悩み続ける勇気もない意気地なしだった。
「ほ、ほんとに、佐々木さんが俺の事好きだとしても、俺は好きにならないし、これから先も期待なんかしてほしくない、……です。 俺には聖南さんが居て、もう離れられないんです。 いつか聖南さんに捨てられる日が来ても、それでもつきまとうって言っちゃったし……でも、考えないわけじゃないんですよ。 聖南さんの隣に居られなくなること。 その時はたぶん死んじゃいそうなくらいショックだと思いますけど……それ以上に聖南さんの事好きだから、聖南さんが決めた人が居るなら応援するよって言えると思います。 その後の事なんか、俺にはまだ全然分かんないですけどね。 聖南さんのためなら、笑顔で見送れます」
「………………」
「俺なんかに好きって想いを持ってもらえて、すごく嬉しかったです。 前より少しだけウジウジするのは無くなったけど、昨日佐々木さんに言われた事考えてたら、ウジウジ復活しちゃいました……。 佐々木さんを傷付けてしまうかもしれないのに、俺は悩む事からも逃げたくて、昨日の今日でこんな話するのは嫌だったけど……俺は前を向かなきゃいけないから、許して下さい。 どうか、俺を……忘れて下さい」
腕を組んで眼鏡の奥でジッと見詰めてくる佐々木さんの瞳を、俺も見詰め返した。
涙が出そうだった。
どうやって言葉を紡いだのか、今どうやって佐々木さんの前に立っているのか分かんなくなるほど、気持ちが動揺していた。
俺はまだ十七歳。 数カ月前まで恋はおろか、他人と話す事をも恐れていた、普通よりも劣った男子高校生。
そんな俺が抱えるには重たすぎる佐々木さんの恋心を、燃え上がる前に消火しないとって考えに至ったのは聖南が俺を信じてくれたからだ。
好きだという気持ちを全身でアピールしてきた佐々木さんの本気を感じ取ると、あと何日も悩み続けるなんて出来なかった。
恋人だからって、聖南に話したところで結末は一緒だ。
だからこそ、俺の言葉で決着を付けないとって思った。
長引かせたら長引かせただけ、俺も佐々木さんもツラいだけだ……って。
時間が無いのは佐々木さんも一緒なはずなのに、俺の話を黙って聞いてくれた。
そしておもむろにどこかへ電話し始めた。
「あ、俺、佐々木だけど。 ちょっと野暮用であと十五分は戻れないから、どうにか時間つないどいて」
相手は一緒に来ていたスタッフなのか、用件だけ伝えるとすぐに通話を切って、ポケットにしまった。
数秒の間のあと、佐々木さんはゆっくり眼鏡を外し、目頭を押さえて静かに溜め息を吐く。
「…………葉璃は俺の支えだったんだよ」
「…………え?」
スマホをしまった方とは反対のポケットから、ツルツルした上等そうなハンカチを取り出すと、眼鏡のレンズを拭きながら切々と語り始めた。
「俺さ、昔ちょっとヤンチャしててね。 好き放題やってたら親父にガチギレされて大学行ったから、周囲よりスタートが四年は遅れてる。 やっとの事で卒業して今の事務所入って、一番最初にダンススクール行って見付けたのが葉璃だった」
「……そ、そうだったんですか」
「うん。 スクールからアイドル出すから七人揃えて来いって言われて、俺あの頃毎日スタジオに顔出してただろ? 覚えてる?」
「覚えてます、スクールの子たち、佐々木さんが来たらキャーキャー言ってたから……」
佐々木さんは初めてスクールに来た初日からスーツ姿で、理知的なノンフレームの眼鏡を掛けて、タブレット片手に整然としていた。
背が高くて顔立ちもいいから、事務所の人間だと知らされる前から「あの人は誰!?」と女の子達がザワザワしていたのでよく覚えてる。
「そうなんだ? まぁそれで、数十名のスクール生の中から、その子達に悟られないように大成する子を七人も探すなんて、無理だと思ったんだよね。 だって、数名しか居ない男子スクール生の中の葉璃が、一番出来が良かったんだから」
「………………」
「言ったでしょ? 金の卵見付けたって。 ほとんど誰とも話さないし、姉の春香とも視線を合わせない葉璃が気になって気になって、毎日目で追ってた。 実を言うとこの仕事そんな好きじゃなかったし、やりたい放題やって大学も五年かかって卒業した俺も、卑屈だったんだよ、だいぶな。 でも、根暗そうな葉璃が毎日汗かいてダンス頑張ってるの見たら、俺も頑張んなきゃって思わされたんだ」
「そう、なんだ……」
佐々木さんの事をあまりにも知らな過ぎた俺は、当時の事を思い出せないほど遠い昔のように感じた。
そんな葛藤があった時代もあるなんて、いつも冷静な佐々木さんからは想像もできない。
佐々木さんが随分前から俺を見ていてくれた事が改めて証明された形にもなって、いざ本心を聞くとやっぱり胸が痛い。 すごく。
今の今まで、「実は冗談だったんだ、ごめんね」と言われるのを期待してた俺は、その反対に、思っていた以上の熱の入りようだった経緯を聞いてさらに苦しくなってきた。
「昨日言った事……本心からだったけど、そんなに思い詰めるほど悩むとは思わなかった。 本当にごめんね。 もう明日以降、葉璃を苦しませる事はしないから安心してほしい」
「佐々木さん……。 ごめんなさい、ほんとに……ごめんなさい……」
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