必然ラヴァーズ

須藤慎弥

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 嘘だろ…と呟き、聖南は葉璃のズボンの両ポケットを探るが、あるのはスマホだけだった。


「荻蔵、フロント行って痛み止めもらってきてくれ。  ロキソニンかボルタレンがあればそれがいい。  あと、会場行ってさくらんぼゼリーも持ってきて。  大至急」
「はっ?  えぇ!?  あ、いや、行きますけど!」


 突然訳も分からずおつかいを頼まれた荻蔵は一瞬躊躇したが、急げ、と聖南がジロリと睨むとフロントへと走って行った。


「葉璃……」


 薬はポケットに入れたと言っていたのに、あの人ごみの中に落としてしまったのだろうか。

 荻蔵が座っていた椅子に腰掛け、聖南はその寝顔を覗き見た。

 痛みを堪えているからなのかそれはいつもより険しく見えて、可哀想でたまらない。

 こういう姿を見たくなかったから、聖南は葉璃と行動しようとしていたのにまた我慢をさせてしまった。


『可哀想に……ごめんな、葉璃……』


 聖南が午前のバラエティの仕事が終わって帰宅すると、葉璃は少々疲れた顔で出迎えてくれた。

 徹夜など聖南にとってはそんなに珍しい事ではないため、一睡もしていない今も案外平気なのだが、葉璃は違う。

 早朝からの佐々木や春香との電話、そして聖南が帰るまでずっとYouTubeを見ていたと笑う葉璃の顔は、クタクタに疲れていた。

 今となっては分かることだが、恐らくmemoryの動画を必死で見ていたに違いない。

 徹夜状態でこのパーティーに臨んでしまったのは、若干なりとも聖南のせいでもある。

 葉璃は絶対に聖南のせいではないと言い張るだろうが、尽きることのない欲に付き合わせてしまった罪悪感が聖南の心を苦しめた。


「セナさん、はい。  ゼリーとロキソニン。  ボルタレンは処方箋ないと無理らしいんすけど」
「あぁ、サンキュ」


 本当に大急ぎで戻ってきた荻蔵に、聖南は素直に礼を言うと早速一口サイズのさくらんぼゼリーを手に取った。


「ちょっと壁作って」
「え?」
「壁だよ、壁。  こっちは植物で見えねぇけど、そっちガラ空きだから荻蔵が俺ら隠して」
「もう、どういう事っすか~?」


 よく分からない要求を次々と出され渋々立ち上がった荻蔵は、会場の方を向いて聖南と葉璃を人目から遮断した。

 背が高くがたいのいい荻蔵の影に隠れ、聖南は優しく葉璃を揺り起こす。


「葉璃、起きろー」
「ん…………」


 肩を揺らすと、突っ伏したままだったが葉璃は夢からこちらの世界へ戻ってきた。

 目を開かない寝惚けた様子で「聖南さん?」と小さく呟く葉璃に、耳元で声を掛ける。


「いいか、何も考えないで、口に入ってきたもんすぐ飲み込め。  分かったか?」
「ぅーん……」


 返事とはとても取れなかったが、聖南は構わずゼリーの中に薬をねじ込み、口に含んだ。


「んんっ……」


 葉璃の首根っこを掴んで強引に顔を上向かせると、聖南は立ち上がって屈み、薄っすら開いた唇にゼリーと薬を舌で押し込んだ。

 そしてすぐに水を口いっぱい含むと、もう一度葉璃の口の中へ流し込んでいく。


「葉璃、飲み込め。  すぐに」
「ん……」


 ごくん、と喉を鳴らした事で安堵し、再び突っ伏して寝始めた葉璃の頭を撫でた。


「すげ。  熱烈なもん見ちゃった」


 いつの間にか荻蔵はこちらを向いていて、一部始終を見ていたらしい。

 聖南と対面の席へ腰掛けた荻蔵が、興奮気味に葉璃を見ていて非常に気に入らない。


「そんな目で人のもん見るな」
「昨日言ってたの、マジだったんすか?」
「そうだけど」
「……薬って、ハルどうしたんすか?  痛み止めって」


 昨日の今日で荻蔵には良い印象など皆無だったが、大急ぎで薬とゼリーを調達してくれた恩もあるので聖南は口を開いた。

 今まで俳優部門である荻蔵とは接点が無く、挨拶も交わした事が無かった。

 だが葉璃が言っていた通り、見た目や報道ほどは悪い人物には見えなかったのだ。


「成長痛で痛み止めがかかせねぇんだよ」
「……成長痛?  それってもうちょい早めにくるやつじゃないっすか。  てかハルいくつ?」
「十七だ。 この歳で成長痛は稀らしい。  だから痛みも強えんじゃねーかな」
「十七!?  もっと下かと思った……。  なんか十七にしては幼くねぇっすか?  さっきも拗ねたんだか怒ったんだか知らねーけどほっぺた膨らませてたし」


 荻蔵にあの可愛いやつを見せたのかと、眠っている葉璃を見て苦笑した。

 あれは心を許している人にしか見せないと思っていたから、ちょっとショックだ。


「もっと下に見えてたのに居酒屋なんか連れて行ったのかよ」
「居酒屋なんかって言いますけど、今や子ども連れも居るくらいっすから。  酒飲まさなければOKっしょ」
「OKじゃねぇよ」


 聖南のオーラに動じない荻蔵の事は、やはり好きになれそうにない。

 先刻の「こんなに可愛いのに?」と独りごちていた台詞も引っかかる。


「葉璃と俺の事、どっかに流す?」


 同じ芸能人たるもの、足の引っ張り合いはいくつも目にしてきた。

 葉璃との事は、荻蔵が聖南を蹴落とすには充分過ぎるスキャンダルなので、そう問うたのだが……。


「流さないっすよ。  流したらハルが傷付くじゃん」
「………………」
「それに、デビュー控えてんでしょ?  CROWNの最強バックアップだって聞いてるし。  俺見てみたいっすもん。  このハルが歌って踊る姿」


『……なんだ、ただの軽そうな奴かと思ったら』


 単に葉璃を欲望の対象として見ているだけかと思っていた。 しかし荻蔵の言葉のニュアンスは聖南が感じていた不安とは少し違うようだった。

 葉璃も聖南同様、周りの人間に恵まれている。 その事に気付いてくれたら、もっともっと世界は広がるだろう。

 下を向いて遠慮がちに笑うその殊勝な姿も、きっとそう遠くない未来に真っ直ぐな満面の笑みを見せてくれるに違いない。

 とてつもなく強固だった殻を破り、葉璃なりに前を向いて聖南を選んでくれたからには、足並みを揃えてやらなければならなかった。


『葉璃……我慢させてごめんな……』


 尚の事、一瞬たりとも、目を離してはいけなかった。



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