必然ラヴァーズ

須藤慎弥

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 あの時は夜だけだった。

 寝る間際になってキシキシと痛み始めて、でも俺の成長痛はみんなが騒いでたほどヒドくはなく、痛い痛いと言いながらしっかり眠れてた。

 今回の成長痛はあの時の比じゃない。 みんなの痛がってた気持ちがようやく理解できたよ。

 日中もこれでは日常生活に支障が出てくる。 それくらい痛くてだるい。


「───葉璃、大丈夫?」
「……えっ!? わ、っ……ビックリしたぁ」


 ぼんやりと会計窓口を眺めていた俺の隣に突然腰掛けてきたのは、制服のままの恭也だった。


「どうしたの? 何でいるの?」
「心配だから、来ちゃった。 終業式だけだから早かったんだよ。 それで、先生はなんて?」
「あ、あー……」


 俺自身は納得いく診断だったけど、他人に言うのは少し恥ずかしくて渋ってしまう。

 だけど、恭也は俺を心配して、学校帰りに直接ここまで来てくれたんだから言わなきゃだよな…と意を決する。


「……成長痛、だって」
「え? …………何?」


 小さい声だったけど、でも確実に聞こえるように耳打ちしたのに、恭也は耳に手をあててとぼけてきた。


「聞こえてるよねっ? この歳でなるのは稀なんだって!」
「…………なんだ、良かった。 成長痛かぁ……可愛いね」
「やっぱり聞こえてるじゃん……」


 ふふっと笑う恭也が憎らしくなったけど、病気じゃないなら安心したよって呟くから怒れなくなった。

 そこでやっと受付の人から名前を呼ばれて、会計を済ませた俺達は隣の薬局で痛み止めを受け取った。

 よたよたと歩く俺を支えてくれる恭也と一緒に、すぐ近くのバス停へと歩く。


「セナさんには、連絡した?」
「ううん。 してない。 心配かけたくないもん」
「セナさんには、言っておいた方が、いいよ」
「…………そうかな?」


 別に異常があったわけじゃないし、仕事中の聖南にわざわざ連絡しなくていいと思ったんだけど、恭也がそう言うからとりあえずワン切りだけ残しておく事にした。

 仕事中でも電話できる時あるからいつでも連絡してって言われても、仕事だと分かっててそんな図々しい事は出来ないって言った俺に、聖南が出した打開策がワン切りだ。

 そんなに気になるならワン切りで着信を残しておけばいいって言ってくれたから、今初めてそれを実行した。

 数分後、恭也とバスの時刻表を見ていると早くも聖南から折り返しの電話が掛かってきた。

 恭也が、「セナさん?」と聞いてきて頷くと、バス停から少し離れたベンチに連れて行かされて、座らせられる。

 立ったままはツライだろうって気を利かせてくれたみたいだ。


『葉璃? どした?』
「あ……仕事中でしたよね? いきなり電話してすみません」
『いいのいいの。 葉璃から電話なんて珍しいから嬉しい。 何かあった? 今日終業式だって言ってたよな?』
「はい。 休んじゃったんで、式には出れてないんですけど……」
『え? 休んだ? どうしたんだよ、具合でも悪いのか?』
「いえ、体調はいいんです。 でも足が痛くてだるくて、病院に行って来ました」
『足っ? ちょっ、大丈夫なのか?』


 はじめは嬉しそうに弾んでいた聖南の声音が、途端に心配気なものに変わる。

 病気とは言えなかった診断結果に、俺はとてつもなく言いづらくなってベンチをイジイジしながら、爆笑されるのを覚悟で渋々打ち明けた。


「あー……はい。  あの……成長痛っぽいです」
『ん、……成長痛? 高校生でも成長痛ってなるんだっけ?』
「稀だって言われました……」
『だろうな。 あれ痛いんだよなー。 俺も中学入って一年くらいずっと痛かったよ。 葉璃可哀想に』
「え……っ」


 ……想像とは違う反応に、めちゃくちゃ戸惑った。

 俺のしゃっくりであんなに笑い転げてた聖南と本当に同一人物なのかっていうほど、電話の向こうで神妙にしている。


「……意外です。 ……笑われるかと思いました」
『なんで笑うんだよ。 いい事じゃん。 もうちょい背が伸びるかもしれねぇって事だろ? にしても、痛いの可哀想だよ。 代わってやりてぇ』


 ……そんな風に言ってくれるなんて思いもしなくて、優しい聖南の言葉がちょっとだけこそばゆい。


『今どこ? まだ病院なら迎えに行こっか?』
「いえ、そんな。 自分で帰れるから大丈夫です。 聖南さん仕事中でしょ? すみません……こんな事で電話してしまって」
『何言ってんの。 話してくれて嬉しかった。 葉璃一人? 帰れるのか?』
「恭也が学校帰りに来てくれたんで、今日は甘えて送ってもらいます」
『そっか、恭也いるなら大丈夫だな。 葉璃、足痛ぇなら明後日からのレコーディング、伸ばせるだけ伸ばしてもいいんだからな』
「それも大丈夫です。 痛み止めもらったから、ちゃんとやります。 薬がよく効くらしいので、頑張ります」
『そうなんだ? レコーディング日までレッスン休んで、ちゃんと家でジッとしとけよ? ……おっと、じゃ俺仕事戻るな。 終わったら連絡すっから』


 電話の向こうで聖南を呼ぶアキラさんの声がしたから、「はい」って返事してすぐに電話を切った。

 恭也が言ってくれたように、聖南にはこうして話しておくべきだったみたいだ。

 明後日から二日にかけて行なわれるレコーディングの日に打ち明けるよりも、今話した方が俺も気が楽になったし、何より聖南が思いの外優しくて胸が高鳴りっぱなしだった。

 この痛みが、もしかすると背が伸びる助長だとすると、すごく嬉しい。 聖南の言葉でそう思えるようになった。

 恭也に寄り掛かりながら何とか家路につき、お昼を一緒に食べて、部屋でゴロゴロしながら他愛もない話の相手をしてくれていた恭也は、夕方には帰っていった。

 痛み止めを飲むと、薬が効いてる間は本当に違和感なく過ごせる事に気付く。

 仕事の合間にもマメにメッセージをくれる聖南に、俺はせめて安心させてあげたくて「薬を飲んだら大丈夫そうです」と返信した。

 何度も何度も、「痛い?大丈夫?」と心配してくれた聖南の優しさがくすぐったくて、メッセージが届く度にキュンとなって胸を押さえた。




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