必然ラヴァーズ

須藤慎弥

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 あれから聖南は、本格的に忙しくなってきたみたいだ。

 モデルとしての雑誌の撮影とテレビ収録の仕事を次々とこなし、生放送のラジオにも復帰した聖南を、どこもかしこも待ってましたと言わんばかりの盛り上がりっぷりのようだった。

 聖南が復帰した日のCROWNの冠ラジオのホームページが一時アクセス不能になったと翌日のニュースで見て、聖南の人気ぶりをまざまざと世間に知らしめた形だ。

 復帰後は次々に仕事が舞い込んできてるみたいで、朝早くと夜遅くに聖南からメッセージが届くだけ。

 その忙しい最中でも届けてくれる内容で、聖南の仕事を知る毎日だった。

 そんな俺も、平日も土日も関係なく事務所でのボイストレーニングとダンスレッスンがあって、かつ学業も疎かには出来ないしで、お互い時間も全然合わないから、なかなか聖南とゆっくり電話する暇もなかった。

 すれ違い生活の間でも、毎日の聖南とのやり取りが嬉しくて、恋しくなる日は隔週のラジオで聖南の声を聞いて寂しさをやり過ごしている。

 聖南がお父さんと会って凹んでた日から、もう一ヶ月くらい経つ。

 薄手のコートじゃ足りない、すっかり寒々とし始めて季節は真冬に突入していた。

 日曜のこの日、午後のレッスンが早めに終わって、恭也と街に繰り出していた。


「映画でも行かない?」


 レッスン終わりで珍しく前髪の暖簾をオープンにしている恭也が、周囲の注目を集めながら俺を見下ろす。

 日々の練習のおかげで、恭也の自信なさげだった猫背は今や完全にピンと伸びていた。


「いいよ、観たいのある?」
「三つくらいあって。 迷うから、葉璃が決めて」
「え、三つもあるの? じゃああと二回来なきゃだね」
「……うん」


 二回とも付き合ってくれるんだ…と感激されたんだけど、友達なんだから当たり前だよって返してやった。

 俺と恭也はデビューのために、毎日それぞれ別々のメニューを頑張ってこなしてる。

 だからこうやって少しは息抜きしないと、疲労とプレッシャーで押しつぶされそうになるんだ。

 きっとそれは恭也も同じだろうから、付き合ってあげるというよりも、切迫感に苛まれないように同士として同じ気持ちを分かち合えたらいいなと思った。


「これと、これと、これ、観たいんだけど……今日はどれにする? あ、この三つ、葉璃が興味無ければ、何でもいいよ」
「ぜんぶ観たいやつだ! 今日は……これかな?」


 恭也が示した三つの作品はどれも話題の洋画で、俺も興味をそそられたから凄く迷ったけど、今日は何となくミステリーホラーにしてみた。

 チケットを買って中に入り、トイレへ行ってくるという恭也に俺は、「飲み物買っとくね」と言ってフードコーナーの列に並んだ。

 日曜だからか人がたくさん居て、映画の時間までに買えるかなとスマホを出した。


「ねぇねぇ、君、一人? 何観るの?」
「俺らと一緒に観ない?」


 ふと、いきなり後ろに並んでいた男二人に馴れ馴れしく声を掛けられた。

 毎度おなじみのナンパだった。

 聖南に教えてもらうまでは、卑屈で下ばっか向いてる俺が可哀想だと哀れんで声を掛けられてるんだと思ってて、これがナンパだなんて知らなかった。

 毎回毎回、出掛ける度にこういう目に遭うから、同じ顔した春香もさぞ迷惑してるに違いない。


「……あ、いえ……」
「いいじゃん、一人ならさぁ!」
「なっ? 飲み物とか奢るし」


 俺が小柄で華奢だからか、声を聞かれても男だとバレないなんて悲しい……。

 毎回こうなるから、いつもなら早足で逃げて撒くのに、今日は恭也と一緒のこんな状況だから逃げられない。

 どうしようってぐるぐる考えてる今も、「ねぇねぇ」としつこくて困り果てていた時、トイレから出てきた恭也が目に入った。

 助けて~という思いを込めて恭也を見てるとすぐに気付いてくれて、やたらと注目を集めながら早歩きで俺の隣に戻って来てくれた。


「俺の彼女なんで。 そういうの、やめてもらえますか」
「な、なんだ、ツレいたんだ」
「ごめんごめん、一人かと思ったんだよ、なっ?」


 長身で、真顔が少し強面な恭也を前に、二人はせっかく列に並んでたのに早々と逃げて行った。


「はぁ……助かったーっ。 彼女ってのが引っかかるけど、ありがと」
「大丈夫だった? こういう事、よくあるの?」
「うん。 何の自慢にもならないけど、よくある」
「そうなんだ……。 うかうか一人に、させられないね」


 とても心配そうな恭也が俺の腰を抱いて、さっき言ってたカップル感を出そうとしてくれてるらしい。

 ちょっとでも隙があったらまたナンパがくるって思ってるのか、ピタッと寄り添ってくる。


「大丈夫だって。 いつもは撒くんだけど、今ここ並んでたから」
「そんなのいいから、俺のとこに来なきゃ、ダメでしょ? もし連れて行かれてたらと思うと、ゾッとするよ」
「まぁね……俺持ち運び出来そうなくらい小さいしね……」
「そうは言ってないよ。 そのミニサイズ感が、葉璃のいいところ、だからね」
「それ全然褒めてない」


 暖簾オープンの恭也は、レッスンを初めてからだんだん感情を表に出せるようになってきた。

 声を出してクスクス笑う今も、以前では考えられなかった姿だ。

 何だか二人して一歩一歩前進できているのが目に見えてきて、極端だった俺達が普通になれ始めている事に不思議な喜びを感じる。

 目指すスタート地点が一緒な俺達は、まだまだ伸びしろがあるって分かる、かなり遅めの成長の途中だ。



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