必然ラヴァーズ

須藤慎弥

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 深夜0時を過ぎ、スタジオでの撮影がようやく終了した。

 担当者による取材はすべてのスチールを撮り終えてからとの事なので、この日の仕事はひとまず終了だ。

 お疲れ様でした、とその場にいた全員と労いの挨拶を交わし、担当者とも明日の打ち合わせをその場で簡単に済ませて控え室に戻る。

 深夜にまで及ぶ撮影時、聖南が着替えに戻るとすでにスタイリストとヘアメイクの二人は帰宅しているため、いつものように聖南は自分で衣装をハンガーに掛け、薄っすらと施されたメイクを落としていく。

 私服を纏い、夜なのでサングラスではなく眼鏡を掛けてスマホの画面を見ると、深夜一時を回ろうとしていた。


『もうこんな時間か。 シャワーは帰ってから入ろ』


 葉璃は学校終わりのレッスンで疲れ果てたのか、昼間の電話以来メッセージは来ていなかった。

 聖南の仕事の邪魔をしてはいけないと思ったのだろう。

 勝手な推測だが、慎ましくて可愛い。 好きだ。

 凹んでいた聖南は夕飯についてを聞かなかったが、どうしたのだろうかと途端に心配になる。

 華奢な体躯のわりにはよく食べる子のようなので、次からはその辺も気を使わねばと年下の恋人への想いを募らせる。


『あぁぁっ……早く寝顔が見てぇ!』


 そんな思いで控え室を出ようと扉を開けると、気の抜けた聖南の視界の少し下に人影が見えた。


「うわっ……ビビったー! お疲れ」


 誰かと思えば麗々が衣装のままそこに立っていて、時間も時間なので一瞬見えてはいけないものが見えたかと焦り一歩後退ってしまった。


「なんだよ、早く帰んねぇと明日のロケに響くぞ。 俺も急いでるし」


 長丁場を共に乗り切った麗々には先程も挨拶をしたはずなのだが、控え室の出入り口を塞ぐように立っているため、一刻も早く帰りたいと急く聖南の前で通せんぼされている。


「セナさん……かっこいいですね、眼鏡。 お似合いです」


 そこで聖南は、しまったと片目を細めた。

 ついつい、いつもの癖で掛けてしまったが、葉璃に無闇やたらと眼鏡姿を見せないでと言われていたのを忘れていた。


「いや、そんな事はどうでもよくて。 通してくんない?」
「……この後……飲みに行きません?」
「行かねぇよ。 マジで悪いけど早く帰りたいんだ。 また明日な」


 わずかな隙間から抜け出ると、聖南は車までダッシュし、急いで車を発進させた。


「やべぇな。 アイツ絶対明日も誘ってくんぞ」


 完全に惚れさせてしまった自覚のある聖南は、唇の端を引きつらせてぼやく。

 麗々の瞳は間違いなく抱いてほしいと書いてあって、やはり見え見えだった。

 もはや聖南は「この世で葉璃しか要らない」状態なので何とも思わないが、これからの仕事ではあまり女性に気を持たせるような気使いはしない方がいいかもしれない。

 聖南にそんなつもりはなくとも、相手がどう思うか分からない。

 それというのも、聖南の見てくれや言動、立場的なものを総合すると、少しの気配りでも相当な事をしたと相手に勘違いされるのだ。

 今まで夜の相手に困らなかったのも、聖南が殊更優しげに映ってギャップが甚だしかったからに他ならない。


『マジで控えよ。 葉璃以外の好意はいらねぇ』


 自宅駐車場に到着し、聖南は走ってエレベーターに乗り込んだ。 そこでちょっとだけ、緊張している自分に気付く。

 帰宅後に自宅に誰かがいるというのが、物心ついてからは初めての事だからだ。

 聖南はドキドキしながらカードキーで解錠し、恐る恐る中へと入る。

 すると玄関には、葉璃の靴が揃えて置いてあった。


『いる!!!! ほんとにいる!!!!』


 うっかり心の声が漏れてしまいそうになり、慌てて口元を押さえる。

 葉璃が来てくれるなんて嬉しい♡と思いはしていても、どこか半信半疑だった。

 まだ高校生である葉璃は、平日に泊まりに出掛けるなど葉璃ママからお許しが出ないかもしれないと思っていたのである。

 来れない事情が急遽できてしまう可能性もあり、しかも何度も逃げられた経験のある聖南はこの喜びが糠喜びに終わらぬよう、一応ほんの少しだけ、来ていないかもとちゃんとよぎらせてはいたのだが……。

 本当に葉璃が来た。

 聖南の胸はそれだけで幸せでいっぱいになり、その場で小さく足踏みをして喜びを発散させてからベッドルームを覗いた。

 聖南が抱き締めて寝ていたパーカーを着て、ダブルベッドの端っこで丸くなって寝ている葉璃を見付けると仕事の疲れも一気に吹き飛んだ。


『かわいーー……っっ♡♡』


 聖南の寝る場所を確保しているかのように、端で寝ている愛おしさったらない。

 安心した聖南はゆっくり扉を閉めて、ニヤニヤが抑えきれない締まりのない顔のままシャワーを浴びた。

 歯磨きをしてバスローブを羽織り、水を一杯飲むと、葉璃の隣にソッと横になる。

 あどけなく、男にしては綺麗に整い過ぎた葉璃の寝顔は頬擦りしたくなるほど愛くるしい。


『なんだこの生き物……可愛過ぎだろ……』


 嫌な事すべてを浄化してくれる葉璃の存在が、どれほど大切か。

 落ち込んでるなら励ましに行きます、と告げてくれた葉璃の言葉に嘘はなかった。

 眠っている葉璃を見て、起こさないように抱き寄せた聖南の気分は最高に良い。


『早く大人になれー。 葉璃ー』


 一緒に居たい。 それはもう、四六時中。

 小さな葉璃をさらにミニチュアにして常に持ち歩いていたいくらいだ。

 親の管理下から離れたら、聖南が葉璃を養うと決めているので、その日が明日にでも来ればいいのにと無茶な事を思ってしまう。

 丸くなっている葉璃の体をさらに引き寄せると、小さく「ん…」と抵抗された。

 目を覚ます様子が無かったので、そのまま腕枕をしてギュッと強く抱き締めると、葉璃は安心したようにまた一定のリズムで寝息を立て始めた。


『幸せだ……♡』


 大好きで大好きで、愛情を目一杯注ぎたいと思う者がそばに居れば、言葉などいらないのだと思い知った。

 その存在を感じられるだけでこんなにも心が落ち着き、疲れた体すらもそう感じなくさせてしまうとは、率直に凄い事である。

 甘ったるいラブソングの歌詞は、自身に経験が無くて感情移入出来ず敬遠してきた聖南も、今なら数十曲と生み出せるに違いない。

 隣にスヤスヤと眠る愛おしい葉璃がいるから、明日はとても気持ちよく起床できるだろう。

 可愛い恋人が起きてしまわないように、聖南は極力動かず、静かに瞳を閉じた。





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