必然ラヴァーズ

須藤慎弥

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 今日の聖南は、打ち合わせ終わりの午後から葉璃がレッスンを受けているであろうダンススタジオへ覗きに行こうと思っていたのだ。

 曲のサンプルはもう振付師に渡してあるので、もしかしたら少しだけでも形が見えるかも、と期待していただけに、雑誌の撮影と取材となれば深夜終わりは決定的だった。


「とにかくほら、あと……ヤバ! 10分前だぜ、行こ行こ!」


 アキラが腕時計を確認して、まだムッとした顔をしている聖南を引き摺って建物の中へと入っていく。

 すでに社員が数名待ち構えており、恭しく一礼されると、その奥では本物のCROWNを目の当たりにした受付嬢三名は興奮のあまり立ち上がった。

 職業柄大声を出したりはタブーとされているのか静かに騒いでいて、微妙なラインだがまだプロ意識が感じられる。


「お待ちしておりました。 今回主管を務めさせて頂きます、渡辺と申します。 立ち話も何ですので、こちらへどうぞ」


 いかにもエリート膳とした渡辺という男が今回のツアーの主催全般を取り仕切る主管とのことで、聖南も何かと連絡を蜜に交わさねばならない相手となる。

 CROWNは、半年後に三大ドームツアーと、地方のホールツアーが控えていた。

 ツアーをやろうと言い出したのは聖南だった。

 本来であれば十周年など節目の記念として行うレベルの巨大ツアーなのだが、なぜこのタイミングで急ぐ必要があるのかと社長に問われたものの、聖南は譲らなかった。

 怪我を負い、その後はマイナスにしかならないスキャンダルで様々な方面に相当な迷惑をかけ、ファンやそうでない人をも巻き込んで世の中を騒がせてしまった。

 CROWNの看板は二人がキッチリ守ってくれていたから、聖南は自信を持ってツアーを企画し、すでにスタッフとは何度も話し合いを行っている。

 そもそも聖南のスキャンダルは業界ではすでに有名であったため、誰かの特大のスキャンダルが出たわけでもないのにあっという間に下火になったのは、聖南が日頃からあらゆる方面のお偉いさん方と親しくしていた賜だ。

 不満そうだった自社の幹部達を納得させるには、このツアーを成功させてCROWNの知名度をもっと上げる事に尽力し、ファン層を広げる事で会社にも利益がもたらされるのが最善だと考えた。

 愛しの葉璃との事が落ち着いた今、聖南に出来る事、やるべき事は仕事しかない。

 それに集中できるモチベーションを聖南にもたらしてくれた葉璃に、自身の頑張るその背中を、同じステージに立つ先輩として見せてあげられたら何よりだ。


『……主催がこの会社っつーのが気乗りしねぇけど……。 うっ、このコーヒーまずっ』


 聖南は、綺麗に化粧を施した女性社員からコーヒーを受け取り飲んだが、自分が淹れた方が美味いと失礼な事を思っていた。

 通された会議室で正午まで休憩なく打ち合わせを終え、ここからは別行動となるアキラにハットを返すと、髪を無造作に梳いた。

 会議室を出たところで成田に呼び止められ、振り返る。


「あ、セナ、撮影スタジオ分かるか?」
「分かるよ。 あーっと、Hottiだから西港町のスタジオだろ?」
「OK、じゃああとはよろしく」
「成田さん来ねぇの?」
「俺つい最近新人の子にもついててさ。 挨拶回りが大変なわけよ……」
「そうなんだ。 またストレス溜めてぶっ倒れねぇようにな」


 過去にも過労で倒れた事のあるやや小太り気味の成田へそう声を掛けて、サングラスを取り出した。

 去って行く成田の背中を何気なく追っていると、向こうからスーツを着た長身の男が歩いてきている。

 そこでふと、その人物から視線を感じた。

 眼鏡を掛けていない聖南は、やや目を細める。

 目線の先で、五十代半ばくらいの男性がやけに聖南を見詰めているのに気が付いた。




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