必然ラヴァーズ

須藤慎弥

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 広過ぎるリビングには、ワンルームマンション時代から使っていた一人がけソファがポツンと置かれていたのだが、いつ葉璃が来てもいいようにそれは処分し、新しくこの大きなコーナーソファを新調して大正解だった。

 オットマンの上に足を伸ばし、背中を付けてダラっと腰掛けていた聖南は、まだ葉璃の気配が残っているような気がしてゆっくりと瞼を閉じる。


『あれは反則だよなー……』


 泊まっちゃダメですか?などと、葉璃の口から出てくるとは思ってもいなくて、あまりに可愛い台詞にまたもや鼻血を気にしてしまった事は内緒だ。

 聖南はまともに学生生活を送れなかった。

 両親……主に父親とのいざこざによるものが大きく、素行の良くない連中とつるむ時間はそう無かったが多少の付き合いはあった。

 しかも世に言うヤンキーの部類ではなく、危ない方のやつだ。

 ある事をきっかけにグレてしまい、事務所にも多大に迷惑を掛けてしまったがあの頃は聖南もまだ善悪の区別も付かない「子供」だった。

 大塚社長が『CROWN』の道を切り拓いて救い出してくれなければ、聖南は恐らく闇に沈んでいたままであっただろう。

 CROWNが結成されて忙しくはあっても、学生のうちは活動を制限してくれていたのだから、学生らしい事をたくさんしておけば良かったと今になって後悔しているため、同じ後悔をさせたくなくて葉璃にもそう伝えた。

 だが、あんなに可愛くお伺いを立てられては、聖南の残り少ない理性もぶっ壊れそうだ。


『チッ……傷さえなけりゃあな……!』


 学生のうちはちゃんと学校へ行け、将来親に挨拶に行かねばならないから線引きしたい、だの尤もらしい事をよくスラスラと言えたものだ。

 もちろんそれらも本音ではあるが、一番は、葉璃が今日泊まったところで傷のせいで聖南が手を出せない、という不埒極まりないワガママも葉璃を泊まらせない理由の一つだった。

 こんなにも葉璃を欲しているのに、同じベッドに寝て手を出さない自信など微塵もない。

 薬のせいで激しい睡魔に襲われた時も、朦朧としながらベッドへは頑なに向かわせなかった。

 何しろ、キスしながら葉璃が射精した姿だけで勃起し、トイレへ行くフリをしてバスルームに逃げ込んで思春期の暴走のように一発抜いたのだ。

 葉璃が隣で寝ていて抱いてしまわないはずがなく、それは完治を遅らせる最大の要因になり得た。

 せっかく綺麗に縫合してある傷跡が開こうもんなら、葉璃はきっと自分を責めるだろうし、聖南の仕事復帰も相当に遅れてしまう。


「葉璃……怒ってねぇかなー……」


 考えを変えてくれたものの、葉璃はいじけたまま帰っていったような気がして、帰宅した葉璃からの連絡を聖南は心待ちにしている。

 無邪気過ぎるのは聖南にとっては時として精神的な暴力だ。

 裏がなく、真正面からぶつかってくる若過ぎる青葉のような葉璃を、聖南は少しだけ危惧した。

 この清く愛しい存在を、俺みたいに汚れた大人が掻っ攫っていいのか…と聖南は思い悩みそうになったが、もしも聖南が葉璃の手を放し、他の誰かが葉璃とそういう事をする可能性など考えたくもなくて。

 抱きたいが、大切にしたい。

 今までのようにすんなりと手を出す事をこれほどまでに躊躇しているのは、やはり葉璃がまだ学生な事と、何も知らない無垢な状態で汚す事を恐れているからだろう。

 ───早く大人になれ。

 もどかしくて葉璃にはもう二度も言ってしまったが、きっとその意味は分かってもらえていない。

 と同時に、聖南も一緒にその階段を上らねばならない事は分かっている。

 葉璃の残像に思いを馳せながら、なかなか鳴らないスマホをチラと見ると、電源が落ちていた。


『ヤバ……これじゃ葉璃からの連絡取れるわけねぇじゃん』


 病院内で葉璃と話した後、きっと何度も掛かってくるであろう仕事関係の電話で、葉璃との時間を邪魔されたくなかった。

 その場で電源を落としたままだった事に今頃気付く。

 スマホを立ち上げると、鬼のように通知の嵐だった。

 数十件の着信に、連絡メール、LINE、どれが葉璃から来たものか一瞬では判断できないほどの連絡量に、聖南は思わず天井を仰いだ。



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