必然ラヴァーズ

須藤慎弥

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 退院したばかりの聖南に運転させるわけにはいかないから、電車で帰るって言ったのに「それならタクシーで帰れ」ってそこも絶対譲ってくれなくて、結局恐ろしい乗車賃にビビリながら家路についた。

 お見舞いに行った日同様、聖南が後で払うからと無賃乗車状態で俺は降りる事になって、毎回何故か同じ運転手さんだから深々と頭を下げておいた。

 俺がまだ高校生だからか、泊まらせてくれなかった理由もそうだけどこういう事はきちんとしている聖南の好感度が一段と上がる。

 帰宅すると、春香がリビングでテレビを見ていて、俺は「ただいま」と声だけ掛けて二階の自室にこもった。


「…………ふぅ……」


 なんか……聖南と会ったあとにこの部屋に戻ってくると、いつも夢から覚めたような気持ちになる。

 こんな俺なんかが誰かに愛される日がきて、その相手があんなにカッコよくて、世の中からキャーキャー言われる人だなんて。

 好き合ってる対象が男だって事は充分分かってる。

 でもそれは、聖南の気持ちを受け入れ始めた頃から何の弊害にもならなくなった。

 男である聖南に何度も抱き締められ、キスをし、自分のものを触られてイクなんて事も、恥ずかしさはあっても負の感情は一切ない。

 それどころか、俺なんかでいいの?ってまだ思っちゃってる。

 初めて行った聖南の部屋は当然ものすごくお洒落で、綺麗で、豪華で、広くて、それなのに自分の部屋より居心地が良かった。

 聖南があの部屋で暮らしてる事が何より魅力で、聖南が居なかったら何の変哲もないただの広々としたマンションの一室に過ぎない。

 それが、この部屋に帰ってくると一気に現実に引き戻される。

 お飾りのノックで無断で入ってくる春香が、より現実味を帯びさせた。


「入るよー」
「もう入ってるじゃん!」
「いつもの事でしょ。 それより、セナさんどうだった?」


 春香は勝手知ったるで俺の勉強机の椅子に座るから、俺はカーペットの上で体操座りする羽目になるし。


「元気そうだったよ。 疲れてるみたいだったけど……。 傷も、今は腫れてるけど一ヶ月くらいでちゃんとくっつくんだって」


 聖南に本気で惚れて告白しフラれてしまった春香には、あまり俺達の事は言わない方がいいかと思ってたけど、聖南が俺の部屋に来た翌日にはケロッとして逆にうるさいほど応援してくれている。

 複雑な思いはあるはずなのに、もう吹っ切れたと笑う春香は俺より男前だ。


「そうなんだ。 でも葉璃、しばらくセナさん大変かも」
「なんで?」
「あんたホントにテレビ見てないのね……。 セナさんバッシングが始まってんのよ、女性問題のスキャンダルでこんな事件あったから」
「バッシング……」


 もしかしてそんな事にはならないよな、って思ってた不安が的中してしまった。

 やはり世間はそう甘くはなかったらしい。


「今だけだと思うけどね。 セナさん実績も人望もあるみたいだよ、芸能人はセナさんを擁護する人の方が多いもん」
「そっか……」


 でも……聖南、大丈夫かな。

 聖南はテレビの中とプライベートがそう大差ないように見えて、彼の心の奥底にある影の部分を知ってしまった今、一人で耐え抜いていけるのかすごく心配だ。

 俺を今日は泊まらせないって言ってたあの聖南なら大丈夫そうだけど、人間どこで心を砕かれるか分からない。

 打ち明けてくれた複雑な家庭環境が原因かは分からないけど、いつの間にか収録とかが終わってる時あるっていうのも気になる。


「セナさんなら大丈夫だよ」
「うん。 だといいけど……」
「あ、そういえば朝、佐々木さんが家に来たけど葉璃知ってる?」
「あぁ、それなら連絡貰ったよ」


 ほんの数時間前の事なのに、佐々木さんとの件をすっかり忘れてた。

 春香がその事を知ってるって事に驚きながら、何気なくスマホを起動させる。


「なんか葉璃、急にモテ期到来だね」
「モテ期? なんでモテ期なの」
「だって今の葉璃の状況って、少女漫画の主人公みたい」


 何言ってるのって表情丸出しで春香を見て、またスマホに視線を戻す。

 聖南とこうなった事はちょっと漫画っぽいけど、モテ期というほどでは絶対にない。

 そんな俺に、春香はウキウキしたような弾んだ声色で信じられない事をサラッと言ってのけた。


「佐々木さんも葉璃のこと好きなんだから、モテ期って言っていいと思うけどなー」
「………………はぁ???」


 二度目の何言ってるの顔で春香を見ると、「いいなーどっちもイケメンでー」と呑気に呟いている。

 なんだ? 春香は、何を口走ってるの?

 ついに俺のちっさい脳みその今日一日分のキャパがオーバーしてしまって、しばらく思考が停止した。




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