必然ラヴァーズ

須藤慎弥

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 ハルによると、「自分は今学校で、ちょうど休み時間だから何か理由をつけて早退の旨を教師に伝えたりで、諸々合わせて一時間近くかかる」と言っていたが、それでも大急ぎで来てくれるようで安心した。

 アキラはスマホを手に、聖南の寝顔を見詰めてしばし呆然とする

 聖南が騒いでいたあの「ハル」が、実は学生で、未成年な上に、男……。

 好きだ!一目惚れだ!と騒ぎに騒いで悩みまくっていた聖南を思い出し、真剣に話を聞いてやらなくて申し訳無かったとアキラはその時初めて後悔した。

 また聖南の事だから、そこら辺の顔がいいだけのタレントの卵を捕まえて恋だ何だと騒いでいるだけかと思ったら、相手を知れば本気度合いを突き付けられ、彼なりに真剣な恋をしているのだと思わざるを得なかった。


「そりゃあんだけ悩むよな……」


 昔から容姿端麗で、今は精悍さもプラスされた、外見だけであれば「聖南よりイケてる」と思った奴はいないというほど整った寝顔を見ながら、「まさかあのセナがなぁ…」とアキラは一人しみじみと呟く。

 ハルを待つ間、聖南の様子を見ていると何分かおきにやはり苦しそうにハルを呼んでいたが、目覚める気配はなかった。

 医師を連れて戻ってきた成田にその場は任せて、アキラはサングラスを掛けると一階の待合室へと降りた。

 ハルはどんな人だろう。

 「恋してる?」としつこいほどルンルンだった、あんなに聖南が夢中になるなんてと、サングラスをしていても芸能人オーラが出てしまっているアキラは相当興味津々だった。

 一階は患者でごった返しているので、アキラは注目を集めていたが気にせずに、雑誌を読むフリをしながら入り口を注意深く観察する。

 何しろアキラはハルを見た事がないので、当てずっぽうでいくしかない。

 しばらくすると、慌てた様子で自動ドアから院内へ入って来た制服姿の男子高校生が目に入り、アキラは「なるほどな」とそれがハルだと瞬時に分かって立ち上がった。

 制服姿だというのもあるが、その見た目で納得である。  男と言うには中性的過ぎるハルの容姿は、聖南のタイプにどハマりしそうだ。


「ハル?」
「……はいっ」


 キョロキョロとアキラを探すハルに近付いて声を掛けると、ハッとしたようにアキラを見上げて頷いた。

 間近で見るハルはやはり男には到底見えなくて、小柄さも相まって可愛さが際立つ。


「こっち、ついてきて」


 サングラス越しにうっかりまじまじと見てしまいそうになったが、不安そうに頷くハルを前にしては、早く聖南に会わせてあげなければと足早に最上階の病室へ向かう。


「ここな。 多分ハルはいつ来ても大丈夫だと思うから、来れる時は来てやって。 俺ちょっと電話してくるから中入ってていいよ」


 ハルを待つ間にマネージャーの成田が事務所へ戻って行ったのは確認済みなので、アキラは気を利かせて二人きりにしてあげようとハルの背中を押す。


「はい……。 アキラさん、電話くれて……ありがとうございます」


 ペコッと頭を下げて病室へ入って行く後ろ姿を、アキラはスマホを取り出しながら複雑な思いで眺めていた。




… … …


 聖南は、だんだんと意識が戻ってきている事を自覚し始めていた。

 とは言ってもまだ脳がぼんやりとしていて、眠ったり意識が冴えたりを繰り返し、当然目は開けられないでいる。

 縫われた傷跡が熱っぽく、腫れぼったくはあるが、腕に刺された点滴のおかげか痛みはほとんど感じなくなっていて、早く目を覚まさなくては周りに心配を掛け続けてしまうというのも理解していた。

 つい先程は成田とアキラとケイタがこの病室に居て、薄っすらとだが話の内容も聞いていたのである。


『やっぱそういう事だったのか……俺マジで何してたんだろ……クソ野郎じゃん……』


 すべては聖南の今までの行ないからもたらされた事件であり、刺したあの女は完全なる加害者ではないと聖南自身も思う。

 あの時聖南は咄嗟に身を捻って交わしたため、縫合されている最中、飛びそうになる意識の中で医師達の「内臓の損傷はないな」という話も聞こえていたので、聖南は安心して麻酔をお供にそこから深い眠りについた。

 起きては意識を飛ばしての繰り返しである聖南は、たった今も、ガラガラ…という扉の開閉音でまた意識を取り戻す。


『今度は誰だろ……』


 目を瞑ったまま入ってきた人物に意識を集中させていると、ベッド脇にやってきた気配は座るでもなく、声も掛けてこない。

 ───だが。


『あ……この匂い……』


 ふわっと香ったのは、忘れもしない葉璃の部屋の匂いだった。  シャンプーのような、柔軟剤のような、まさに葉璃らしい柔らかな香りだ。

 もしかして夢を見過ぎてテレパシーが通じたのかと、聖南はまさかと思いながらも確かめたい一心で、恐る恐る目を開く。

 初めは眩しさで視界が真っ白で、そこに立つ人影がボヤケてしまって目を細めていたが、だんだんと光に慣れてきた。

 すると聖南の視線の先には、可愛い恋人(暫定)が今にも泣きそうな顔でこちらを見ていた。


「……葉璃……」


 眠ったままだったせいかしゃがれた声で名前を呼ぶと、葉璃はハッとした表情のあとすぐに涙を零してしまった。


「聖南さんっ……」
「葉璃……泣くな」


 点滴が繋がれた右腕を上げ、同時に屈んできた葉璃の頬に触れる。

 指で涙を拭ってやり、ヘラっと笑ってやると、葉璃はポロポロと涙が止まらなくなってしまった。


「聖南さんっっ」
「大丈夫だから。 ほら、俺超元気」
「そんな訳ないでしょう! ……うぅぅ……っ……」


 床に膝をついてベッドに突っ伏し、わんわん泣き始めた葉璃の頭をゆっくりと撫でてやる。

 まだ笑顔も見た事がないのに、こんな愚かな過去の自分の過ちのせいで葉璃を泣かせる羽目になるとは、何とも不甲斐ない。


「泣くなって……葉璃。 俺は大丈夫だから。 ……これは俺への罰だ」


 その場が楽しけりゃいいじゃんなノリだった、軽い気持ちで行ってきた数々の事象の代償。

 過去を振り返りもしない汚れたままの自分では、葉璃を好きになる資格なんかないと、誰にともなく告げられた気分だった。



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