必然ラヴァーズ

須藤慎弥

文字の大きさ
上 下
39 / 541
10❥

10❥2

しおりを挟む



 膨大なデータを保存するのに時間を要し、それから編曲スタッフのグループLINEに詞が上がった事、聖南の声での仮録りも済ませた事の二点を送り、応接間の片付けまで終わらせて事務所を出たのは深夜一時を過ぎてからだった。

 聖南は欠伸をしながら車に乗り込む。

 高級車メーカーのSUV車は、乗り込んだ瞬間にその安定感からさらに眠気を呼ぶが何とかコーヒーパワーで踏ん張り、自宅の駐車場へと着いた。

 だが聖南は気が付かなかった。

 深夜までパソコンと格闘していて集中力が散漫になっていたのかもしれない。

 はたまた毎日の疲れからか、聖南の車の後を付けていた一台のタクシーと、それをさらに追う黒いワンボックスカーがいた事をまったく気にも留めていなかった。

 聖南はまたも呑気に欠伸をしながら、ノートパソコンの入った鞄を肩に掛けてマンションのエントランスへ入ろうとすると、何者かに呼び止められて歩を止めた。


「セナさん!!」
「…………?」


 振り向いて人物を確認するも、そこに居たのは知らない女性だった。

 そこそこ綺麗な顔で、まさしくグラビアアイドルか女優の卵かといったまぁまぁの美人である。


「…………あ? 誰?」


 現在非常に眠たい聖南は気だるげに女を見てみると、すぐにその女の意図が分かってしまい、立ち止まる価値も無かったと振り向いた事を後悔した。


「セナさんっ、私セナさんの大ファンで、今日事務所でお見掛けして……だから……その……」
「いや無理。 じゃーな」


 抱いてほしい、とのお願いだろう事は、この女の露出の多い服装からも滲み出ていた。


『あーあ。 今までの俺殺してぇ……』


 これまでのふしだらな性生活が、こんな顔も知らないような女にまで情報が広がっているとは思わず、苦笑しながら聖南は踵を返した。

 すると女はヒールをコツコツと鳴らしながら早足で近付いてきて、鬱陶しいと感じた聖南が振り向いて文句を言おうとした瞬間───。

 視界の端に光るものが見えて咄嗟に体を捻じる。


「…………つっ……」
「あ、あ、あの、だって、セナさんが、セナさんがっっ」


 セナさんが悪いんだよー!と叫びながら走り去ろうとした女を、聖南を張っていたマスコミが瞬時に取り押さえた。

 何かを避けようとしたものの、女との距離が近かったために完全には避けきれなかった。

 聖南にしては珍しく睡魔が襲っていて動きが鈍っていた事も災いし、腹に感じた痛みと触れた生温い感触に一瞬何が起きたのか分からなかった。


『痛ってーな…クソ……』


 肩に掛けていた鞄を落とし、聖南はその場に崩れ落ちた。

 取り押さえられた女は、隠し持っていた果物ナイフのような小さな刃物で聖南の右脇腹を切り裂いていた。


「セナさん!! 大丈夫ですか!? おい! 救急車呼べ! あと警察も!」
「はい!!」


 霞む視界の先で、慌ただしく迅速に動く数人の人影を追いながら、何故こんな夜中に、しかも聖南の自宅マンションに人がたくさんいるんだろうと思うも、痛みでそれどころではない。

 痛みが走る部位を押さえて、ついにその場で力尽きた聖南の元へ知らない男が近付いてきたが、目の前がチカチカと点滅していてそれが誰なのか把握する事は出来なかった。

 薄れゆく意識の中で、とにかく不覚だった自分と、過去の考えナシだった自分をただ悔いていた。

 その理由だけは明白だったからだ。

 間もなく警察が来て女は連れて行かれ、聖南は救急車で病院へと運ばれた。


『あーあ……葉璃におやすみってまだ送ってねーのに……。  っつーか既読付いたのかも見てねぇや……』


 救急隊員の呼び掛けにはロクに対応せず、聖南は葉璃へ「おやすみ」のメッセージを送れなかった事を一番残念に思った。



しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】嘘はBLの始まり

紫紺
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。 突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった! 衝撃のBLドラマと現実が同時進行! 俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡ ※番外編を追加しました!(1/3)  4話追加しますのでよろしくお願いします。

Sweet☆Sweet~蜂蜜よりも甘い彼氏ができました

葉月めいこ
BL
紳士系ヤクザ×ツンデレ大学生の年の差ラブストーリー 最悪な展開からの運命的な出会い 年の瀬――あとひと月もすれば今年も終わる。 そんな時、新庄天希(しんじょうあまき)はなぜかヤクザの車に乗せられていた。 人生最悪の展開、と思ったけれど。 思いがけずに運命的な出会いをしました。

幸せの温度

本郷アキ
BL
※ラブ度高めです。直接的な表現もありますので、苦手な方はご注意ください。 まだ産まれたばかりの葉月を置いて、両親は天国の門を叩いた。 俺がしっかりしなきゃ──そう思っていた兄、睦月《むつき》17歳の前に表れたのは、両親の親友だという浅黄陽《あさぎよう》33歳。 陽は本当の家族のように接してくれるけれど、血の繋がりのない偽物の家族は終わりにしなければならない、だってずっと家族じゃいられないでしょ? そんなのただの言い訳。 俺にあんまり触らないで。 俺の気持ちに気付かないで。 ……陽の手で触れられるとおかしくなってしまうから。 俺のこと好きでもないのに、どうしてあんなことをしたの? 少しずつ育っていった恋心は、告白前に失恋決定。 家事に育児に翻弄されながら、少しずつ家族の形が出来上がっていく。 そんな中、睦月をストーキングする男が現れて──!?

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

無自覚両片想いの鈍感アイドルが、ラブラブになるまでの話

タタミ
BL
アイドルグループ・ORCAに属する一原優成はある日、リーダーの藤守高嶺から衝撃的な指摘を受ける。 「優成、お前明樹のこと好きだろ」 高嶺曰く、優成は同じグループの中城明樹に恋をしているらしい。 メンバー全員に指摘されても到底受け入れられない優成だったが、ひょんなことから明樹とキスしたことでドキドキが止まらなくなり──!?

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。 1日2話ずつ投稿します。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

処理中です...