必然ラヴァーズ

須藤慎弥

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 来るもの拒まずだった聖南もまた、真剣な告白を拒否するのは初めてで胸が痛かった。

 けれどもう聖南には大切な思い人がいる。

 誰でも良かった昔とは違う。


「分かり、ました……。 じゃあ最後に、ハグしてもらえませんかっ?  これはCROWNのセナの一ファンとしてのお願いです!」


 嫌な沈黙が続いていたが、ようやく顔を上げた春香は目に涙をたくさん溜めたまま両腕を広げ、お願いしますっと聖南を見た。

 一ファンとして、と言われてしまえば聖南も無下には出来ず、気は進まなかったがそっと春香を抱き締めた。


「ごめんな。  俺の勘違いが悪りぃ。 春香は何も悪くないからな。 世の中良い男いっぱい居るから俺の事なんかすぐ忘れろよ」
「……ありがとう、ございます……」


 春香の聖南への思いをここで完全に断ち切ってやらないといけない気がして、余計なお世話かと思ったがそう告げてやり、聖南の方からハグを終わらせた。

 何気なく視線を薄暗い公園内にやって、マスコミが張ってないかと癖で見回した。

 すると左後方で、ジャリ…と地面を踏む音がして、不審者かマスコミかと咄嗟にそちらへ視線をやる。

 外灯の下の人影は、聖南と目が合うや否やそこから走り去るべく踵を返した。


「っっ、葉璃───っっ!!!!」


 深夜の住宅街で、思わず我を忘れてその名を叫んでしまった。

 そこに居たのは、この暗闇でも聖南にはハッキリと分かった。

 間違いなく葉璃だった。

 きっと、夜遅くに出掛けた姉を心配して出て来たのだろう。

 今すぐにでも寝れます、な軽装で身軽だからか、とにかく追い付けないほど彼は足が早い。


「……っ待て! 葉璃っっ!!」


 少しだけ追い掛けたが、女性である春香をこんな真夜中にあのまま置き去りにするのはよくないと、慌てて立ち止まる。

 決死の覚悟で葉璃の追跡はやめて、公園に戻った。

 春香はトボトボと帰宅しようと歩いていたので、横に並んで「送るよ」と言うと、春香は申し訳なさそうにペコッと頭を下げた。


「すみません……。 私、こんな時間にセナさんを呼び出すなんて非常識もいいとこですね。 しかも葉璃の名前使って。 冷静になると、なんてバカな事したんだろって気付きました」
「それだけ俺の事を好きって思ってくれたんじゃない? 恋は盲目って言うしな!」
「あはは……っ。 セナさん、本当にテレビと変わらないですね。 ますますファンになりそうです」


 聖南への気持ちを吹っ切ると決意してくれているようで、春香は笑顔を交えて明るく話してくれた。

 きちんと相手の思いに寄り添えば相手も分かってくれるのだと、聖南も恋の猛勉強中のため、心のノートにそう記しておく。


「ファンとして好きでいてくれるなら、大歓迎だから。 その代わり、新しい恋見付けろよ?」
「はーい、分かりました。 あ、ところでさっきの、葉璃でした?」


 春香に見上げられ、聖南は追い付けなかった後ろ姿を思い出して苦笑する。


「あぁ、間違いなく葉璃だった。 春香を迎えに来たんじゃね?」
「そうだと思います。 ……セナさん、こんな時間に呼び出してしまったお詫びに、家寄って行きませんか?」
「……えぇっ? い、家って……」
「葉璃きっともう家に居ますよ。 セナさん、葉璃と話がしたかったんでしょ?」
「あ、あぁ……そうだけど……」
「ね、決まり! じゃあ行きましょう! 車はうちの車庫にどうぞ」
「あ、うん……ありがと」


 戸惑う間もなく、聖南はまず春香を家の前まで送り届け、それから車を取りに行き言われた通り車庫に車を停めると、キューピッド春香はテンション高めに家の中へと招き入れてくれた。

 親はもう寝ているとの事で静かに階段を上がり、葉璃の部屋の前までやって来た。

 何だかトントン拍子に事が進んで、聖南の心の準備が出来ないままだ。


「葉璃ー? 入るよー」


 躊躇いなくノックをした春香は、「それじゃおやすみなさい」と聖南に手を振り、隣の部屋へ入ってしまった。

 ゴクン、と生唾を飲み込み、ゆっくり扉を開ける。


「っっ!? なん、っっ!」


 ベッドに腰掛けていた葉璃が、案の定、春香ではない人物が入ってきた事に驚いて目を丸くしている。

 勢いをつけて立ち上がり絶叫しかけたその口元を、聖南はすかさず押さえた。


「シーッ! 親寝てんだろ、大声出すな」


 落ち着け、と言いながらベッドに腰掛けさせると、聖南自身にも心の中で『落ち着け!』と叱咤しなければならなかった。

 何せ、毎分毎秒思い続けていた葉璃が目の前にいるのだ。

 これが真夜中ではなかったら、確実に聖南も絶叫している。


「なんでっ? さっき諦めたじゃないですか!」
「お前足速すぎ。 諦めたっつーか、春香をあのままにしとくわけにいかなかったから引き返したんだよ」
「ほんと意味分かんない……俺じゃなくて春香の部屋行くべきでしょう」


 俯いた葉璃はまだ、聖南が春香の事を好きなのだと疑っている。

 すべてはこの葉璃の頑な誤解を解かなければ、聖南の気持ちをいくら言ってもきっと伝わらない。


「春香じゃなくて、俺は葉璃の事が好きなんだよ。 言っただろ、もう疑うなって」
「お、俺、男ですよっ? 春香と同じような顔してるけど、男!」
「分かってるって。 さっき春香にも言ったけどな、顔はそんなに重要じゃねぇんだよ」
「でも一目惚れって……」
「さすが双子。 同じ事言いやがる」


 困惑と動揺からか、一生懸命に喋る姿がまるで小動物を見ているようで可愛くてたまらない。

 聖南の頭の中で何度も想像した葉璃よりも、実物の葉璃の方が何億倍も可愛くて愛おしくて、ついまじまじと見詰めてしまう。


『ちゃんと話してぇのに……』


 風呂上がりなのかしっとりとした良い香りのする葉璃の髪を、思わず触ってしまった。

 大好きな葉璃を目の前にして、聖南の心が急速に穏やかに、そして想いはさらに募ってしまった事を、嫌でも自覚した。



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