必然ラヴァーズ

須藤慎弥

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「葉璃、起きて、葉璃っ」
「んぁ……?」


 何にもない休日、とにかく頭と体を休めたくて眠り続けた俺は、唐突に春香に叩き起こされて頭が働かない。


「春香……。  いま……何時?」
「十一時だよ、いつまで寝てんの」
「……十一時?  まだ寝る……」
「ダメ!  ちょっと、みのむしみたいに丸くなってないで、話聞いてってば!」


 また話なの……?  もう何もかも終わったんだから話す事なんかないでしょ。

 起き抜けも手伝って不機嫌さを隠さず目元だけを布団から出して春香を睨むと、春香がスマホを見せてくる。


「佐々木さんから、葉璃を迎えに来るって連絡が私に来たの!  葉璃、スマホどこよ?  全然連絡つかないって困ってたよ!」
「佐々木さんが迎えに?  ……なんで?」
「知らないよ!  とにかくすぐに支度して」


 すぐにって何でだよ…と不満たらたらでのっそり起き上がり、でも昨日あんな事があったから行きたくないなんてワガママ言えないよね……。

 とりあえず顔を洗って歯を磨き、後ろから「早く早く!」とせっついて来る春香を鬱陶しく思いながらわずかな時間で出掛ける用意は出来た。


「何でこんなに急ぐの?  ……あ、確かに佐々木さんから何回も着信入ってる」


 スマホを確認すると、朝から五件ほど佐々木さんから連絡がきていた。

 マナーモードにしてたわけじゃないのに起きなかったなんて、俺はめちゃくちゃ熟睡してたらしい。


「だからそう言ってるでしょ!  急かさないと葉璃の支度遅いんだから!」
「うるさいなぁ……」


 昨日のしょんぼりが嘘のように今日の春香はハツラツとしていて、元々テンションが合わない俺にとってはウザったくて仕方ない。

 おまけに寝起きでまだ頭が回ってないから、イライラしてくる。


「あ、佐々木さん来たよ!  ……そうだ。 
葉璃、佐々木さんとお話終わったら、私美南と買い物行くから後で合流しよ?」
「えーなんで……」
「いいでしょ!  葉璃のお疲れさま会って事で」
「はいはい……」


 このテンションの春香は何を言っても聞く耳を持たない事を知ってるから、面倒くさいと思いつつも頷いておく。

 波風立てなければ、何事も穏便に済むからだ。

 今日は何もないグータラな時間を過ごす予定だったのに、丸一日潰れそうな気配に俺はガックリと肩を落とした。





 迎えに来た佐々木さんの車に乗り込むと、memoryが所属する事務所の一室へ連れて来られた。


「葉璃、急で突飛な申し出を引き受けてくれて、本当にありがとう。  これは報酬だ」
「なんですか、これ?」


 佐々木さんから手渡されたのは、白い封筒で。

 首を傾げて佐々木さんを見上げると、無表情だった顔には優しげな笑みが乗っていた。


「春香が、まだまだ少ないけど自分の分のギャラを葉璃に渡してほしいと頼まれててね。  実感と感謝が伝わるように、手渡しでとの事だ」
「あー……」


 春香が言いそうな事だ。

 だからあんなに急かしてせっついて来てたのかと、さっきは鬱陶しかったはずなのに、真意を隠していた春香の意図を知ってこそばゆくなる。

 春香にとって楽しみにしていた貴重なテレビ出演だったのに、それを自らの怪我で不意にしてしまった後悔と自責の念に、この一ヶ月ずっと苦しんでたに違いない。


「はい、受け取りなさい。  本来はギャラの振込はもう少し先なんだけど、こっちは金額把握してるから大体の目安ね。  決して多くはないが、それは葉璃の頑張りの証拠だ」


 俺がその封筒を見詰めたまま感極まっていると、佐々木さんは微笑んでくれた。

 頑張りの証拠。

 そう言ってもらえて、俺はこれを受け取る資格がちゃんとあるんだと言外に言ってもらえているようで、一際嬉しくなった。


「はい。  じゃあ……ありがたく受け取ります。  あと、佐々木さん……昨日はすみませんでした」


 封筒を受け取り、引っかかっていた昨日の件を反芻しながら頭を下げた。

 俺は結局、あのまま帰宅後も佐々木さんへの連絡をしないままだった事を、今更ながらに思い出したんだ。


「セナさんから連絡もらったから大丈夫。  謝らなくていいよ。  葉璃にも嫌な思いをさせてしまったから、おあいこ」
「連絡、したんですか?  セナさんが?」
「あぁ、もらったよ。  夕方だったかな。  何か嫌な事を言われたり、されたり、してない?  本当に大丈夫だった?」


 夕方……もしかしてあのカフェオレを買いに車から降りた時、気を回してくれたのかな。

 帰宅は辺りが真っ暗になってからだったし、心配かけないように佐々木さんへは早めに連絡してくれてたみたいだ。

 ……やっぱり、セナって見た目はチャラくてもしっかりしてる。

 その後のキスの事まで思い出してきてしまいそうだったけど、佐々木さんの前でまた唇を触る羽目になるので慌てて打ち消した。


「何も。  俺と春香が入れ替わってた経緯に興味があったみたいで、その話をしてただけなので」
「そうか、それならいい。  セナさんはこの業界長いから吹聴するような真似はしないだろう。  ……ところで葉璃、この後は何か予定ある?」
「春香と美南に買い物付き合ってくれって言われてます。  佐々木さんとの話が終わったらって」
「それじゃあ、ランチ付き合わない?  もちろん奢るよ」


 まだ話は終わってない体で、と笑いながら言う佐々木さんは、春香達に遠慮するかと思ったらお昼を誘ってくれるなんて意外だった。


「いいですよ、俺も腹ぺこ」


 佐々木さんの、あまり見られない笑顔につられて、春香のありがたい好意を抱いた俺も知らず微笑んでその誘いに乗った。




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