必然ラヴァーズ

須藤慎弥

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 それからどのくらいの時間が経ったのか分からない。

 流れてくるクラシックの音楽にやられて車内で不覚にも寝てしまい、家に到着した頃には夜になっていた。

 春香に会うのはさすがに気まずいから、と少しだけ離れた場所でセナは俺を降ろし、じゃーなってまた頭を撫でてから走り去って行った。


「葉璃、おかえり」


 寝惚けながら玄関を開けると、春香がいつになく優しく出迎えてくれて、ようやくそこで目が覚めた。


「ただいま……」
「大丈夫だった?  セナさんに怒られたの?」
「え?」
「一時間前に葉璃を送るからって連絡もらって。  佐々木さんから、セナさんに拉致られたのも聞いてたし、心配したよ……」


 ごめんね、私のせいで…と、春香は体を小さくして肩を落としてしまった。

 俺がこてんぱんにセナから説教をされたと思ってるみたいだから、そこは否定しておかなきゃいけない。

 自室への階段を上がりながら、後ろから付いて来る春香へ大丈夫だよと切り出す。


「怒られたりは全然ないから。  ほんとに。  なんで俺達が入れ替わる事になったのか興味あったみたいで、そんな事話してただけ」


 持っていた荷物を机の上に置いて振り返ると、春香はまだしゅんとしていて、俺はらしくもなく笑顔を見せた。


「本当に?  それなら良かった……。  私も、セナさんから連絡きて、事情聞いたよ。  セナさん自身も混乱してるから、告白した事と付き合う話は忘れてほしいって謝られちゃった」
「そ、そうなんだ……」


 春香にきっぱりと忘れてほしいって言ったんだったら、もう俺のことも忘れていいんじゃないの?

 あ……それとも、まだ混乱中だから、俺で気持ちを確かめようとしたのかも。

 それだったら納得がいく。

 女装していた俺が男の姿でもセナはキスが出来たんだから、春香が復帰して同じ格好をしていても普通通り受け入れられるかは、もう心配いらないじゃん。


「あ、でも春香、セナさんまだ迷ってる感じだったから、完全に忘れなくてもいいかも」
「えっ……?  そうなの?」
「……期待しないで待ってたらいいと思う。  ……多分ね」


 俺が無闇に希望を持たせる事を言ってあとで結果が散々だと、また春香を悲しませてしまうと含みを持たせておく。

 疑うなってセナは言ってたけど、俺がセナとなんて考えられないから。


「そうね。  でももう待つのは嫌だから、考えないようにしとくね。  じゃあ葉璃、お疲れさま。  ゆっくり休んで」
「うん。 ……ありがと」


 春香も色々とこたえたのか、なんでバレたのよ!というお叱りが降ってくるかと思ったら真逆だった。

 扉の閉め方まで大人しくて、疲労困憊な俺にはちょうどいいテンションで助かったけど。


「はぁ……」


 誰も居なくなった部屋で立ち竦んだ俺は、無意識に唇へと指を走らせる。

 衝撃的な出来事は、そっと俺の胸に秘めておこう。

 初めてのキスがまさか男で、しかも芸能人で、アイドル様だなんて、誰にも言えるはずがなかった。

 見た目は誰が見てもチャラいのに、すごく会話上手なセナ……。

 俺の不出来なダンスをうまいと褒めてくれて、暗い過去に光が差すようにつまんない話を面白くしてくれたセナ……。

 友達は居ない事もないけど、居なくても支障がないとどこか冷めた気持ちでゆるりと生きてきた俺を、それがお前の個性だと認めてくれたセナ……。

 大人として、一人の人間として、あんな風に物事をプラスに捉えてくれるセナを、俺は今日一日で心から尊敬している。

 最後のキスは試された感あって嫌だけど、生温かく柔らかい唇の感触は心地良ささえ感じた。

 笑うとえくぼが現れ、唇からは八重歯まで覗かせる優しくて可愛い印象なのに、顔のパーツが整い過ぎてるせいで真顔になると怒られている気分になるんだよね。

 おまけに背も高く、あの笑顔で見下ろされると女性なら誰でもコロッといっちゃうんじゃないだろうか。

 実際、ファーストキスな俺でさえうっとりしてしまうほどの絶妙な力の抜き加減で、手慣れてると瞬時に分かってしまったほどだ。


「ま、もう会わない人だし……オオカミに噛まれたと思って忘れよ」


 唇を触りまくって悶々としてしまったけど、春香の事が浮かんですぐに気持ちを切り替えた。

 明日は日曜だから一日寝てやる。

 そして明後日からはまたいつもの日常に戻るんだ。

 宿題は明日する事に決めて、俺はお腹の虫を治めるためにご飯を求めて階段を降りた。



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