必然ラヴァーズ

須藤慎弥

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「あ、待って、このあと時間ある?」


 ハルカが弟の葉璃だと知っても、聖南はそれでも引き留めてしまった。

 完全に条件反射だった。

 それがハルカへの恋愛感情の延長なのか、引き留めようという意識が無かった聖南には自らの行動に説明を付けられない。

 ただ咄嗟に、意志とは関係なく葉璃の左腕を取ってしまったのだ。


「いや……分かんないです。  色々ほんとに……すみませんでした」


 失礼します、と言いながら聖南の手をやんわり払うと、そのまま葉璃は出て行った。

 扉の向こうで、待ち構えていたのかmemoryのマネージャーである佐々木の声がした。


「ハルカ、大丈夫だったか?  みんなトイレ休憩終わって揃ってるから、早く行こうな」


 あっさりと誘いを断られた事に愕然としながらも、あれだけ妙だと思っていた原因が分かって良かったじゃないかという安堵感も共存している。

 しかし聖南の眉間には濃い皺が刻まれていた。


「何が、早く行こうな♡だよ。  あの鉄仮面……」


 業界では、礼儀はきちんとしているがとにかく無愛想なマネージャーとして有名な佐々木の、あんなに優しげな声は聞いたことがない。

 ヨシヨシと頭を撫でてでもいそうな雰囲気に、中でバッチリ聞いていた聖南の心中は何だか胸糞悪かった。

 残された聖南は、葉璃が出て行った扉を見詰めたまま大きく溜め息を吐く。

 この燃え上がった恋心を、一体どうしてくれるのか。

 ……途方に暮れた。

 当然、女性である姉のハルカの事が好きなのだろうと自分を納得させようとするも、性別が違うのだから消去法になるはずなのに、なぜこんなにも迷うのだろうか。


『迷ってる時点でハルカにも申し訳が立たないな……』


 聖南の猛烈な想いの行き場がふいに無くなった気がして、これではダメだとスマホを手に取る。

 連絡した先はもちろんハルカだった。

 まず、葉璃にすべての事情を聞いた事を伝えて、春香のギプスに気付いて違和感を覚えロクに連絡しなかった事も素直に詫びた。

 そして、今自分はとても混乱しているから、付き合うという話は一旦忘れてほしいとの身勝手なお願いにも春香はすんなり承諾してくれた。

 「私達が混乱させてしまう原因を作ったから、謝るのは私の方です」と完璧なまでの潔さであった。

 本当に物分りのいい子で、聖南が今まで出会った女性でこんなに殊勝な人は一人もいなかった。

 皆が皆モデルやタレントだったからか、自分にやたらと自信のある女性が多く、聖南に愛されたい一心での優しさはあったが、基本的には自分が一番だ。

 相手を思いやる気持ちなど、生まれてからずっと芸能界にいる聖南にとっては忘れかけていた事である。


「あーでもこの胸のモヤモヤはどうしたらいいんだぁぁぁっ」


 ハルカとの話も付き、謎の違和感も払拭され、今現在は相当な開放感に包まれていないとおかしいはずだ。

 仕事は終わったのだからここでウダウダしていても仕方がないと、渋々立ち上がる。

 聖南は取り持ってくれた編集者と受付に挨拶して、側のパーキングに停めていた自前の車に乗ってエンジンを掛けた。

 走り出そうとサイドブレーキを解除しようとして、動きを止める。

 魚の小骨が喉に刺さってなかなか取れないようなむず痒さだけが残ってしまっていて、どうもスッキリしない。

 聖南が一目惚れしたハルカが、まさかのまさか、男である葉璃の方だったせいだ。

 対面した葉璃は完全に女の姿だったのでムラムラっとしたけれど、男の姿の葉璃だと果たして『食べてしまいたい!♡』と思えるのか、甚だ疑問だった。

 聖南の恋愛対象は完全に女性オンリーで、何なら女好きな方だ。

 柔らかな体、豊満な胸、ふくよかなお尻、滑らかな肌、細い腰……挙げればキリがないほど。

 綺麗な顔をした華奢な男はこの世界にはゴマンといるが、聖南の大好きな女性の特徴を兼ね備えていない男というものに、これまでまったくそそられもしなかった事を考えると、聖南の中で答えは出たも同然だった。



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