必然ラヴァーズ

須藤慎弥

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 再びハルカと二人きりになれるという興奮と戸惑い、そして何より絶賛混乱中の聖南は、「落ち着け!俺の心臓落ち着け!」と何度も自分に言い聞かせていた。

 待ち長くもあり、早く来いと急かす気持ちもあり、非常に複雑な心境で仁王立ちしている。

 ───コンコン。

 ノックの音に顔を上げた聖南は、胸元に手をあてて一度深呼吸する。

 聖南が呼んだのだから来るのは当たり前で、しかし心臓がバクバクとうるさくなってしまうのは致し方ない。

 浮足立つ気持ちをどうにか必死でこらえて、何食わぬ顔で鍵を開けてやる。


「どうぞー」
「………………」


 恐る恐る入ってきた愛しのハルカは、ペコッとお辞儀をして後ろ手に扉を閉めた。

 面接か!と突っ込みたくなる衝動も、ハルカの緊張した面持ちを見るとこちらにもそれが伝わってくるので、そんな事でこの空気は壊せない。

 まずは怖がらせないように探りから入ろうと、聖南は一歩だけハルカへ近寄る。


「あの……さ。 なかなか連絡できなくてごめんな」
「………………」


 ハルカは首を振りながらも、怒りの瞳を向けてくる。

 今日もブレずに喋らない。

 だがこのハルカは、聖南からの連絡がこない事を知っているようだ。

 ここからが本番だと、もう一歩ハルカに近付いた聖南は首を傾げて問うた。


「さっきはどうやってLINE打った?」
「………………?」
「ほんの十分前くらいかなー。  撮影中だったのに、どうやってスマホ触れたんだろって思ってな」
「………………」


 いつも無表情だったハルカの顔が、一瞬引き攣ったのを聖南は見逃さなかった。


『何かある。  絶対に』


 ついに確信を得た事で、俯いてしまったハルカへ徐々に近付き、一番の謎である左腕を捕えた。


「これはどういう事?  ないじゃん。  ギプス」
「────ッッ!!」


 とうとう「しまった」顔をしたハルカと目が合うと、一応問い詰めている立場なのにも関わらず、やはりハートをグサッと射抜かれクラクラと目眩がしそうになった。

 それでも細い左腕を掴んだまま、気を奮い立たせてさらに詰め寄る。


「よく分かんねぇんだよ、マジでどういう事?  黙ってちゃ分からない」
「………………」
「何か事情があんの?  ってか絶対あるんだろうけどさ。  俺誰にも喋んないから、話してよ」


 優しく左腕を解放すると、聖南はハルカを見詰めた。

 おいで、と手招きして椅子に促すと、もう一脚を対面するように配置し直して聖南はその奥に腰掛ける。

 ハルカの様子から逃げられてしまうかもと半ば諦めていたけれど、観念したようにハルカが目の前に座ったため、聖南は咄嗟に鼻を押さえる羽目になった。


『ヤバっヤバっ!  この至近距離ヤバっ! ……鼻血出てねーかな!?』


 単に鼻血の確認だったのだが、聖南の動きがあまりに機敏過ぎてハルカがビクッと肩を揺らす。


「あ、ごめん。  気にすんな。 ……座ったって事は、話してくれるんだ?」


 絶対的にタイプな存在を前に、鼻の下を触って確認しながら沈黙のハルカの様子を窺う。

 長い長い沈黙だ。

 一分、二分、と計り始めて、あまり気が長くない聖南が口火を切ろうとしたその時。

 ハルカがようやく口を開いた。



「ハルカの弟の、葉璃です」




「……へ?  …………え?  …弟??  て事は男???  嘘、えっ?  マジでぇぇ!?!」
「マジです。  ……声で男だって分かるでしょ」


 衝撃の事実に、聖南の上体が思いっきり伸びた。

 驚き過ぎて体全体で仰け反り、椅子ごとひっくり返りそうになったが、葉璃が咄嗟に聖南の膝を押して引き戻してくれたおかげで難を逃れる。


『男っ?  ほんとに男なのかっ?  嘘だろっ?  マジかよっ?』


 視線を彷徨わせるハルカをまじまじと見詰めて、よほどの事でなければ愕然としない聖南もしばし硬直していた。

 その沈黙も数分を要したはずだ。

 まるでそうは見えない姿に、つい口をついて出たのは率直な感想だった。


「可愛いーなーお前!」


 すっかり騙されたぜ!と笑うと、葉璃はきょとんとして目の前の聖南を凝視した。

 聖南は、すべての合点がいって物凄く晴れやかな気持ちであった。


「ん、何?」
「あ、いや……ぶん殴られるのも覚悟して来たので……」
「あぁ、キレられるかもって思ったんだ?  んな訳ねぇじゃん!  なんかおかしいなぁってあの収録の日からずっとモヤモヤしてたんだよ。  だから今超すっきり!」


 違和感の原因が判明したのだ。  すっきりしないはずがない。

 なるほど、と聖南は頭の中で事態を整理する。

 ギプスをしていた方が姉で、その替え玉になっていた事をすぐに悟った聖南の心は怒るなどとんでもなく、事情があったんだな、という風にしか考えなかった。

 聖南の反応に驚いたのか、葉璃は瞬きを忘れて見詰めてきて心臓に悪い。

 葉璃は葉璃なりに騙してしまっていた事を重く受け止めているようだし、超極秘事項なのだろうから、この世界に長く居る聖南に怒りの感情など湧くはずもなかった。


「……あ、あの……あの日から気付いてたんですよね……?」
「あー気付いてたっていうか、マジでよく分かんなかったんだよ。  色々ヒントはあったけど、まさかこんな色っぽい奴が男だなんて思わねぇし。  あ、じゃああのフード被ってたのがお前だ?」
「……そうです」
「やっぱなー。  目が違うもんな。  あーてか、まぁ俺もちょっと混乱してて、その……連絡出来なかった。  本物のハルカにちゃんと謝んねぇとな」
「ぜひそうしてあげてください。  春香、すごく悩んでたんで。  ……それじゃあ、俺はこれで……」



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