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しおりを挟む「葉璃……入っていい?」
ダンススクールから帰ってきて、シャワーとご飯を済ませた俺は自室で黙々と宿題をしてたんだけど。
控えめなノックと、扉の向こうの春香の遠慮がちな声音ですべてを察してしまった。
あれからもう一週間だ。
毎日しょんぼりが晴れない春香を見ていたから薄々は気付いてたけど……たぶん来なかったんだ、セナからの連絡が……。
「……いいよ」
「こないの」
「…………そっか……」
これは明らかにおかしい。
一度も携帯に触らない日なんて、今のご時世ないに等しい。
文字を読んで、返事を打つ作業は三分もあれば出来るはずで、その時間すらないって時は電話という手もあるんだ。
でもこればっかりはセナの言い分を聞かない事には、俺らがここでいくら議論しても連絡を寄越さない理由など分からないものは分からない。
「ねぇ春香、電話……してみない?」
「え……したいけど……無理だよぉ」
「でもずっとモヤモヤするの嫌じゃないの? なんで連絡できないのか、彼女なら聞いてもいいと思うけど」
「彼女……なのかな? 私が勘違いしてるのかもしれないし……」
「俺もこの耳でしっかり聞いたよ? 付き合おっかって、セナの方が言ってたよね」
元々、ネガティブな性分ではあるが物事はハッキリさせたいタイプな俺は、春香のこの現状にはまったく納得出来ず、セナに説明を求めたい一心だった。
結局、あの時は春香の意思がビビって固まらず、電話はせずにもう少し待つと言ってたけど、あれからさらに一週間経っても何も音沙汰がないみたいだ。
ついに春香は、あのセナから告白されたという事、付き合おっかっていう言葉を聞けただけでも嬉しいと言い出すほど追い込まれていて、その姿は痛々しいとすら感じてしまう。
「今日は雑誌取材だから、葉璃は何も心配しなくていいからねー!」
春香が心配だったけど、土曜日である今日は例の雑誌取材の日で、指定された時間にダンススクールへ行くと一足先にメンバーは集まりだしていて、声を掛けてきた美南も早めに来たのかすでにメイクが済んでいる。
「今日ここでメイクとかして行くの?」
「そうそう。 取材の現場が小さい写真スタジオで、控え室が狭いからメンバー皆入ると窮屈なんだって」
「そういう事か」
「葉璃は向こうの休憩室にメイクさんいるから、行っておいでー。 一時間後に出発だよ」
張り切って活き活きしてる美南に、ありがと、とお礼を言って俺は三度目のメイクを施されに向かう。
「葉璃くん、おはよー」
「お、おはようございます」
お馴染みのメイクさんの顔を見ると安心して、今日はテレビ局のスタジオじゃないから大きい鏡はないけど、される事は同じだから促された椅子に座って目を閉じる。
「今日で最後なんだっけ? 春香の影武者」
「一応はそうですね。 早ければ来週にはギプス外れるらしいです」
「そっかぁ。 ギプス外れてもしばらく動かすのは厳しいんじゃない?」
「まぁ……そうでしょうね。 けど、再来週以降、今の所大きな仕事は入ってないみたいだし、俺はこのまま今日で終わりがいいなぁ」
「ふふ。 葉璃くんのメイク慣れてきちゃったから、少し寂しい気もするよ、私は」
そんな世間話に笑っているとメイクが完成し、衣装に着替え、出発十分前に佐々木さんが迎えにやって来た。
今日は俺は顔を作って写真撮影して、インタビュー中は記者の人から一番遠い席でただ時間が経つのを待てばいい。
突然の影武者任務は今日で最後。
やっと、この緊張やプレッシャーから解放される。
俺はそう、気楽に考えていたんだ。
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