必然ラヴァーズ

４❥

４❥２

　永遠の様に感じたこの一週間、恋愛小説のような歌詞を書き溜めて、妄想の中で葉璃と会い、募り続ける想いを必死で抑えていたが、ついにやって来た収録日。

　夢で今日という日が何度も出て来て、シミュレーションはすでに完璧だ。

　アキラとケイタは、聖南と成田がこそこそと私情にまみれた打ち合わせをしているなど知らない顔で、あまり関わるまいと傍観する事にした。


「あ、memory来たね」


　メンバーとスタッフを含めると十人は越えるらしく、CROWNの二つ隣のやや広めの控え室に入って行く物音をキャッチした成田が、前回の失敗を取り返そうと張り切っている。

　この日を待ち侘びていたのだから聖南も内心では大喜びなはずなのに、見事に心臓がバクバク言い始めて落ち着かない。

　話し掛けるタイミングと会話の内容まで綿密に考えてあるのに、本人を前にすると、緊張して話せなくなったらどうしようと一気に不安に襲われた。

「あぁぁ……ヤバイ。  俺こんなに緊張してんの、20年前の初舞台以来だ」
「聖南があんなに必死になるほどの子なんだから、運命だと思って頑張れ！」
「お、おう！  運命っていい響きだな！」


　緊張のあまり顔が強ばっている聖南に気付いた成田は、どうにか気持ちを上げてあげようと、今時古くさいと言われそうな運命という単語を出してみたが、これが大当たりしたようだ。

　ウキウキし始めた聖南の表情筋が緩んだのを見て、ホッと胸を撫で下ろす。

　先週の生放送終わりで車に乗り込んで早々、アキラとケイタが話していた通りあの聖南が一体どうしたんだというほどの熱の入れように、成田も困惑している。

　どうにか取材や番組収録、雑誌のモデルとしての仕事はこなしているものの、イメージして作り上げなければならない新曲の歌詞はなかなか捗らないと聞いていた。

　しかもいつもの聖南はこんなキャラではない。

　最年長で芸歴も長いと自分で分かっているからか、アキラとケイタを引っ張ってやっている事はもちろん、スタッフにも細々と気を遣う。

　王様のようでいて、聖南は周りをよく見ていると成田はちゃんと分かっていた。

　今日ひとまずシミュレーション通りに事が運べば、想い人と連絡先の交換が出来てかなりの大前進になるだろう。

　これで仕事も滞りなく進んでくれれば、成田も一安心だ。

　ただ、隣でソワソワしっぱなしの聖南の無邪気な横顔を見てしまうと、初めて見る年相応な様子に、純粋に応援したくなる気持ちも大いに強いかもしれないと苦笑する成田である。

　聖南の想い人と接触するために、成田は今日のマネージメント業を放棄して、先程から控え室前の廊下を何十往復もしていた。

　忙しないフリはしているものの、危ない人だと通報されたら嫌だなとチラと思う。

　楽屋で待機中の聖南は、成田に前回の生放送を録画したものを何度も見せ、この子だからな！と念押しして覚えてもらった、ハルカという名前、顔、髪型。

　聖南はもうすでに目に焼き付いてしまっているのですぐに分かるが、何の思い入れもないであろう成田には、memoryのメンバー達皆が同じ顔に見えていそうで不安だ。

　まずは最初の一歩を成田にアシストしてもらい、それからは聖南自身で頑張るつもりでいる。

　やはりなかなか女性グループは支度に時間がかかるらしい。

　控え室に入ってから早くも一時間は経過していた。

　誰かがトイレに行くなど出入りも無く、緊張感が途切れつつあったその時だ。

　控え室の扉が開いた音がして、聖南の心が飛び跳ねた。


『ヤバイヤバイヤバイヤバイ。  マジで緊張する～～！』


　扉の出入りはハルカではないかもしれないのに、聖南はその場でバタバタと足踏みして興奮を隠せない。

　すでに衣装もメイクも完璧なアキラとケイタは、「先週も見たよな、あれ」と、扉の前で聞き耳を立てている聖南の後ろ姿を見て思わず笑ってしまった。 






「突然すみません！  私、CROWNのマネージャーをしています、成田と申します。  ハルカ……さんですか？」


　成田が待つ廊下に出て来た人物は、目深に帽子を被っていて見えづらかったが、顔と背格好で意中の者だと確信してすぐさま声を掛けた。

　メンバーは複数いるのに、まさかのご本人登場に一瞬動揺してしまう。

　対して、あまりにも藪から棒な出来事に、春香は固まったまま成田の問いに小さく首を振った。

　なぜなら、今ハルカは葉璃だからだ。

　影武者がいると外部の人間にバレるととてもマズイ事になりそうで、しかも葉璃の努力も水の泡になるかもしれないと、春香の咄嗟の判断だった。


「あー……違い、ましたか……。  呼び止めてすみません、人違いでした」


　隙を見てハルカの顔を覗き込んで確認までしたのに、違うと言われると引き下がるしかない。

　絶対にハルカだと思うんだけどなーと、成田は頭をポリポリと掻きながら、ウキウキな聖南の待つ控え室へ残念なお知らせを持ち帰った。


「ど、ど、どうだった！？」
「………………」


　あまりの緊張に、聖南の顔面からはいつもの余裕綽々な表情が消えていて、また怒られやしないかとヒヤヒヤした成田はさきほどの結果を伝える事を当然ながら渋る。

　だが聖南はこの大切なミッションのために一週間過ごしてきたので、そんな成田の沈黙に困惑した。


「ハルカと接触できた？  俺の連絡先渡してくれた？」
「…………いや、違う人だった」
「なんだよそれーー！！」


　だから言いにくそうにしてたのか！と聖南は成田への理解を示すと共に、控え室から廊下へ漏れ聞こえてしまいそうなほど絶叫した。


「顔がハルカだったから絶対そうだと思ったんだよ！  だけど本人が違うって言うんだから仕方ないだろ……」
「そりゃそうだけどさー……」


　成田とたくさん打ち合わせしたミッションは、そのすぐ後に本番待機の指示がきて、呆気なく失敗に終わった。

　連絡先を渡すどころか、接触も出来ずに今日もまた悶々としなければならないのか。

　ガックリと肩を落とす聖南だったが、ふと思い留まる。


「もうなりふり構わねぇ。 確実に連絡先渡してやる」


　瞳の奥で会うのは飽きた！本物がいい！と、聖南の心が暴走を始めた。


『今日、絶対に、何としてでも連絡先を交換してやる！』


　決意を新たにした聖南は、狼狽える成田と謎のハイタッチをした後、そそくさと衣装に着替えると出番が来たら連絡しろとだけ告げて控え室を後にした。