必然ラヴァーズ

須藤慎弥

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 地下駐車場でのその声は見事に辺りに響きわたって、たとえ数十メートル離れてても聞こえたに違いない。

 声の主は明らかにこちらに走って来ている、あの中肉中背の男だ。


「葉璃、乗って」


 危険を察し、memoryのマネージャーである佐々木さんが俺と衣装さん達に素早く車に乗るよう指示した。

 向かってくるあの人……何だか風貌的に危険物を持ってそうで怖い。

 ……あ、これは見た目差別か。


「すみません!  驚かせるつもりはなかったんですけど……っ」


 短い距離だったが全力疾走した男は、息も絶え絶えに佐々木さんの前へとやって来た。


「あぁ……誰かと思ったらCROWNのマネージャーの成田さんじゃないですか。  今日はお疲れさまでした、ありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ! あのですね、ちょっと伺いたい事が……」
「何でしょう? この子達未成年で早く各ご家庭に送り届けなければならないので、手短にお願いします」
「そうですよね!  僕もその辺は重々承知しております!」
「……で、ご用件は?」
「いやぁ、memoryのパフォーマンスは圧巻でした!  若年層を掴むための動画サイトに投稿しない点も、同業者としてはとても好感が持てます!」
「はぁ、……」


 CROWNのマネージャーだという成田さんは、威勢こそいいものの何が言いたいのかよく分からずますます危険なニオイを放つ。


「えーっと、memoryって7人いらっしゃいましたよね?」
「はい。 そうですが」
「ですよねー!」
「……特にお話は無さそうなので失礼します。 お疲れさまでした」

 話があるように匂わせといて脈絡のない会話をしようとする成田さんを不審がりつつ、佐々木さんはいつも通り落ち着き払っていた。

 頭を下げ、素早く運転席に乗り込むと成田さんの呼ぶ声を無視して車を出してしまう。

 ……成田さん、ほんとに何も話は無かったのかな?

 気になって何気なく後ろを振り返ると、これまた全力疾走であのチャラ男が成田さんに駆け寄っていて、明らかに怒りのテンションで何事かを言っていた。

 なんだなんだ?

 チャラ男は、この車と成田さんを交互に指差している。  ……と、ここで車は地上に出てしまいその姿は見えなくなった。

 急に夜の街並が視界に飛び込んできて、途端に現実に引き戻される。

 今までの二時間ばかりがまるで夢の中の出来事のようにふわふわとした妙な感覚に陥っていて、すごくすごくすごくすごく濃い時間で、振り返ってみれば貴重な経験だったと思う。

 佐々木さんの運転でメンバー全員を送り届ける事になってるので、次々にメンバー達を見送り、ラストは俺だけになった。


「葉璃、今日はありがとうな。 助かったよ」


 俺の家は父の仕事柄、若干みんなの家から離れた場所にあって、佐々木さんはメンバーが居ない今を見計らってくれたのか、ルームミラー越しに目を合わせてお礼を言ってくれた。


「俺なんかのレベルの人間がテレビに映っちゃダメですよね。 はは……もうこんな事二度とヤダな」


 ハンパじゃない緊張感がもはやトラウマになりかけている。

 出来れば遠慮したい、じゃなく、出来てもやりたくない、だ。


「そんな葉璃にまた頼んじゃおっかなーと思ってるんだけど、やっぱダメ?」
「え……それ断っていいやつですか……?」
「よくないね。 決定事項だからやってもらうつもり」
「そんなぁぁぁっっ」
「次は収録だから、今日みたいな生独特の緊張感はないから安心してな」


 なぜだ。  なんでそんな事に。

 嘘だろ…の気持ちが表情に表れ過ぎてたのか、運転中の佐々木さんは苦笑していた。

 春香の怪我は全治一ヶ月、しかも「予定」と言ってたから、今月中に仕事が入ればそれはそういう事もアリかもって、なんで俺はそこまで考えなかったんだろう。

 怪我の治り次第では来月まで伸びる可能性もあるかもしれないけど、春香に限ってそれは可能性が低い。

 何が何でも治したいという気力だけは、十二分にあるはずだからだ。

 でも俺は、今日を乗り越えればそれでいいって思っちゃってたから、佐々木さんの申し出には俺も苦笑するしかなかった。


「悪いけど、今月はその音楽番組の収録と、雑誌取材があるからね。 雑誌の方は写真は葉璃の事を抜かないようにお願いしておくし、質問も今日みたいに固定の三人が答えるように調整する。 葉璃は居てくれればいい」
「…………分かりました……」
「特殊な状況だからもしかしたら色々勘繰る人が近付いてくるかもしれないけど、全部相手にしなくていいからな」
「はい……」


 もう何度目か分からない覚悟を決めるには、あと何日か時間が欲しい。

 春香に化けるのも、テレビの収録も、振り付けも、どれも慣れない俺には難しい事この上ないんだ。



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