必然ラヴァーズ

須藤慎弥

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 memoryの曲が始まった。

 アップテンポで激しいダンスに加え、メンバーが入れ替わり立ち替わり交互に歌唱しながら様々ダンスフォーメーションを変えていく、まるでエンターテイメントを見ているかのように素晴らしいステージである。


「あの左端の子だろ? さっき言ってたの」


 目が合った衝撃を引き摺ったまま見惚れていたところに、横からケイタが声を潜めて尋ねてきた。

 うるさいな!などと文句も言えず、あぁと返事をするに留める。

 少しも見逃したくないので、目で追うのに必死で忙しいのだから今はマジで勘弁してほしい。

 もう話しかけるなオーラを出してケイタを黙らせると、聖南はモニターとスタジオを交互に、それこそ血まなこになって葉璃を追い掛けた。


『あの子キレいいな。 すげーセンス』


 小柄な印象だが、バランスの良い体から伸びるすらりとした手足と整った綺麗な顔は、タイプだからという色眼鏡を外しても目にとまる。

 ただ、一つだけ気になった事がある。

 他のメンバーはちゃんと歌っているが、あの子の時は口パクの様に見えて、聖南は同業者だけにそれを見破ってしまった。


『どんな事情か知らないけど……口パクはよくないよ、可愛い子ちゃん♡  あーもしかして歌が苦手なのかも。  だったら俺がボイトレしてやんのにな。  それとも今日はたまたま風邪引いてて声出ないとか?  体調管理も仕事のうちだぜってアドバイスしてやる方がいいかな?』


 すっかり自分の思考に引っ張られてしまい、その間にmemoryの曲が終わってしまった。

 聖南は周りの誰よりも大きな拍手を送り、スタンディングオベーションまでしようと立ち上がりかけた所で、またもケイタに腰を掴まれ事無きを得た。


「もうマジで……ヒヤヒヤさせないでよ」
「やべぇぞ、今日のセナ。 なんか怖いわ」


 番組が終わって控え室に戻り、アキラとケイタはいつも以上の緊張感に見舞われていた事に改めて気付く。

 当の聖南は二人の疲労などどこ吹く風で、控え室のドアを少しだけ開けて隙間から廊下を覗いていた。


「何してんだよ」


 その不審な後ろ姿に、お茶を飲みながらアキラは問うたが返答はなかった。

 なくても大方の予想はつくので、アキラとケイタはやれやれと早々に帰り支度を整え始める。

 聖南はあの子が控え室に入るのを見届けるため、最後にもう一度だけその姿が見たい、と目をギラギラさせて待ち構えていたのだ。

 ……隙間からだが。


「あっ! 来た来た来た来た来た!」
「来た多くね?」
「多いな」


 興奮してその場で小さく足踏みしている長身の聖南の後ろ姿を、二人は物珍しいものでも見るような目で見守る。

 所属事務所はスキャンダルなど御免とばかりに恋愛ごとにはうるさいが、聖南の場合は事務所の功労者という事と、あまりにだらしがないので放っておかれているという裏事情がある。

 言い寄られて気に入れば簡単にお持ち帰りするようなタイプである聖南は、向こうからどうしてもという逆ナンが多いので、聖南がその一回で見切りを付けたとしても相手は何も文句を言わない。

 性に開放的だからと聖南自身がナンパ野郎なわけではないので、来るもの拒まず去るもの追わず、気に入らなければ終わりだった。

 それが今日はどうしたというのか、恥ずかしげもなく特定の人物を可愛いと叫び、気持ち悪いほど目で追い続け、大事な現場で誰が見ているか分からないにも関わらず話し掛けて興奮し、公私混同でステージを終えると目が合っただけで仕事を忘れて立ち竦んでいた。

 そして今、ストーカーの如く覗きまで敢行中である。

 トップアイドルらしからぬ後ろ姿に、アキラは膝カックンをしてやった。


「あ痛っ」
「事務所行くから退けって」
「え、もうそんな時間?  俺も行かなきゃだよな?」
「当たり前だろ!  とにかく俺ら先に成田さんの車乗ってるから、早く着替えて来いよ?」
「……分かりたくないけど分かった」


 聖南としては、今日を逃すともう会えないような気がして何としてでも接点を作っておきたかった。

 そのためにはどうにかして接触するしかなく、このテレビ局を出る前に何とかしなければならない。

 支度を済ませた二人が出て行き、葉璃が控え室に入っていく姿を確認したので、とりあえず聖南もバタバタと私服に着替えた。


『絶対にLINEだけでも交換しねーと!』


 充電だけ確認して、いつでもスマホを取り出せるようにポケットに入れ、内心ドキドキが止まらないが至って平静を装い控え室を出る。

 そして不自然にもそのまま廊下で待機した。

 こんなに緊張しているのは五歳で舞台に出た時以来だ。

 それとはまた一味違う刺激的で大人な緊張感に、聖南の心はドキドキとワクワクが止まらない。

 聖南はどうしても、またあの瞳に見詰めてもらいたかった。



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