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64・必然ラヴァーズ
⑥
しおりを挟む『病院終わったら連絡して』
聖南から一文だけのメッセージがきた。
まだ打ち上げ中のはずなのだが、句読点すらない文に苦笑が漏れる。
葉璃はライブ終わりに聖南と一度も目を合わさず、しかも邪険な態度であしらうような真似をしてそのまま別れたので、明日の朝一番に詫びの連絡を入れようと思っていた。
あまりの感動で照れてしまいあんな態度を取ってしまった事、
それぞれが忙しい仕事の合間を縫ってsilentの振りを完璧にマスターしてくれていた事への感謝、
連れ去られてしまった事件の際に迅速に救い出してくれた事、
ステージからの景色があんなにも素晴らしいものだと教えてくれた事───。
伝えたい事を頭の中でじっくり考えて、整理してから話そうと思っていた。
とても一言二言では、伝えきれないからだ。
「誰? セナさん?」
「うん……」
葉璃が頷く前から、春香にスマホを覗かれて文面を読まれてしまう。
女の子は皆、こんなに大胆なのだろうか。
「……病院終わったら連絡して……ってきてるよ……!? 早く連絡しなきゃ!」
「う、うん……」
「もうっ、貸して! なんですぐそうやってウジウジすんの!」
「ウジウジはしてないよっ」
スマホを持ってもたついていただけで、この言われようだ。
春香の気の強さは一体誰に似たんだと幼少時代から思っていて、葉璃の卑屈さもネガティブさも、もしかするとこの姉の影響が多分にあったのかもしれない。
何事も取り掛かりが遅かった葉璃を急かし、今のように一喝し、良かれと思って尻を叩く。
今になって思うが、ありがた迷惑とはこの事である。
「はい、スマホ。 もうセナさんに掛けてるからね! おやすみ」
奪われたスマホと春香を苦笑いで見ていると、突き返されたスマホから本当に『葉璃?』と聖南の声がした。
「えぇ!? お、おやすみ……! ……あっ! 違っ! いや、聖南さんに言ったわけじゃなくて……っ」
『俺が出た途端ソッコーおやすみって、ひでぇじゃん』
「だから違うんですって! あれは春香に……っ」
『あぁ、春香な。 てか葉璃、病院は? もう家なの?』
妙な勘違いをされてあたふたする葉璃とは対象的に、聖南は控え室での一騒動が嘘のように落ち着いている。
この聖南の情緒不安定さには毎回驚かされるが、何でも出来て飄々としているスカした者よりずっと人間味があっていい。
聖南は何でも器用にこなすだけに、弱い部分や格好悪いところを出されると、より愛情が湧く。
「はい、家ですよ。 病院行って、さっき帰ってきたとこです」
『……そっち行ってい?』
「んっ? そっちって……こっち?」
『そう、そっち』
「な、なんでっ?」
『葉璃に会いてぇから。 さっき大好きなお嫁さんに冷たくされて、聖南さん泣きそうなんだよ』
「…………っ!! 冷たくしたわけじゃ……!」
それについてをきちんと話したかった葉璃の戸惑いは大きい。
今日は関係者席がスーツの大人達で埋め尽くされていたので、さすがにこんなに早く聖南から連絡がくるとは思わなかった。
控え室でもそうだったが、自分の事を「聖南さん」と言って憐れさを強調してくる辺り、よほど葉璃の態度を根に持っているのだと分かる。
『めちゃくちゃ冷たかっただろ。 あー……また涙が……聖南さんの目にまた涙が……』
「分かりましたっ。 ちゃんと説明しますから、来てくれるならお願いします!」
『あと五分で着く』
「え!?」
『俺車乗って来てなかったから、樹が送ってくれてんの。 すげぇだろ、俺のコミュ力』
「樹って……えぇぇ!? 佐々木さん!?」
あれほど敵対心を持っていた佐々木と、今まさにこちらへ向かっているらしい。
葉璃を救出するべく思いがけずタッグを組んだ二人だったが、聖南の佐々木への不平が無くなった事であっという間に急接近している。
電話の向こうから佐々木と言い合う声が聞こえてきたが、仲が良さそうというより悪友と口喧嘩をしているようだった。
『……セナさんのコミュ力だけではなく、私の我慢強さありきですよね』
『いーや、俺のコミュ力の方が上だろ。 おい、前見とけよ、危ねぇだろ』
『見てますよ。 セナさんが調子に乗った発言するから一睨みしたまでです』
『睨むなら前睨んどけ。 眼鏡割るぞ』
『さっきも言ったでしょう。 これは伊達ですから割ったところで私にダメージは与えられません』
『んっとに減らず口だな。 俺が言い負かされるとかあり得ねぇんだけど』
『言い負かされている自覚があるだけ、成長されましたね』
『鼻の軟骨へし折ってやろーか!』
『損害賠償請求させて頂きます』
『いくらでも払ってやるよ! かかってこい!』
『あなたは関節技を得意としてたでしょう。 いつから頭突きが好きになったんでしょうか』
黙ってやり取りを聞いていた葉璃は、『あぁ!?』という喧嘩腰の聖南の声に溜め息を吐いた。
力の上では聖南に分があるのかもしれないが、口から産まれてきた男だと揶揄されるほどの聖南をもってしても、冷静沈着で頭の回転が異常に早い佐々木に口で勝てるわけがなかった。
歳の離れた兄に挑む弟のようだと思うと笑いが込み上げてきて、盛大に笑いたくなった。
「ね、ねぇ、あの……聖南さん……電話切っていい?」
『ダメ! もう着くからこのままにしといて』
「もう着くなら切りますよ。 外で待ってます」
『あっ、おい! 葉璃……!』
電話口で聖南に呼び止められたけれど、落ち着いたと思っていた聖南がまたもや自分を見失い始めていて、可愛い人だなと頬が緩む。
ヤンチャし放題の過去を持ち、芸能界の荒波をくぐってきたにしては、聖南は心の成長が遅いからかすぐに躍起になる。
最近はそれが顕著に見えてきて、葉璃は等身大の新たな聖南に出会えた感覚でとても嬉しかった。
聖南は非常に、周囲の人間に恵まれている。
常々そう感じていたが、聖南自身もそれをきちんと分かっているという事を、葉璃はまだ知らないでいた。
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