必然ラヴァーズ

須藤慎弥

文字の大きさ
上 下
477 / 541
64・必然ラヴァーズ

しおりを挟む



 聖南は葉璃の性格をよく分かっている。

 CROWNの曲を二曲踊り終え、聖南達のフリートークの間中センターステージに居た葉璃と恭也は、ステージから捌けて一気に肩の力が抜けた。

 ドーム内の観客達の熱気があんなにも凄いものだとは想像も出来ず、恭也もかなり緊張していたようだ。

 一方の葉璃は、本番中は緊張とは無縁状態で、会場の空気と景色を存分に楽しめた。

 あの言い知れぬ高揚感は、体の芯から踊る事への情熱を駆り立ててくれて、これからの自身の活動に希望が持てた貴重な経験だった。

 そんな出番を終えてホッとしたのも束の間、控え室に戻るとスタッフから「衣装は脱がないで」と指示されて妙だと思っていたのだ。

 まさか今日、デビュー曲披露をするとは思ってもみなかった。

 心の準備を一切していなかったので、その話を聞いた瞬間こっそり手のひら文字を三回くらいしてしまった。

 葉璃と同様にその事を知って驚いていた恭也と、時間の許す限り何度も「silent」を頭と体に馴染ませる作業をした。

 軽装に着替えたCROWNの三人が、客席からのアンコールに応えて二曲披露した後、ドキドキしながらステージ袖で待機している葉璃と恭也を尻目にフリートークを始めてしまっている。

 これはあと十分以上は出番にならないと踏み、葉璃は恭也と共にパイプ椅子に掛けてその時を待つ事にした。

 この三人のフリートークは、殊更に長いからだ。


『あー暑い。 マジで暑い……』


 聖南のぼやきに、アキラとケイタも中央ステージで笑顔を見せている。


『ありがとうございました、が先だろ』
『みんなの方が暑いと思うよ? こっちはステージに風送ってくれてるんだから』
『いや、暑いと熱いを掛けたんだよ』
『あぁ、みんなの応援がって事か?』
『またセナのたらしが始まったよ!』
『そうそう、みんな熱過ぎ。 もうちょっと抑えろよ。 さっきの袴、俺の汗でビチョビチョだぜ』


 ファンに対して「抑えろ」と言っても無理な話で、聖南の汗まみれの袴が欲しいと客席から声が上がった。

 それにアキラは苦笑し、ケイタは爆笑している。


『おい、熱狂的過ぎるだろ。 セナの汗が染み込んだ袴なんてどうすんだよ』
『あははは……! セナのファンは面白いねー!』
『欲しいよなぁ? 使い前あんぞ。 俺の分身が染み込んでんだから』
『分身って……!』
『さっきまでピーピーだったセナのが欲しいのか?』
『ピーピーって言うな! そしてピーピーを甘く見るな!』
『いや、ピーピーってのはセナから言い出したんじゃん!』
『あ? そうだっけ? もう忘れたな、お前らが熱過ぎて』


 三人の掛け合いに会場全体が笑いと黄色い悲鳴に包まれている。

 まるで、まだまだこの時間が続きそうな、いやむしろ続いてほしいような、このまま時が止まってほしいと誰もが感じる和やかな時間だ。


『今日はプレゼント大会カットしちまったから、公式サイトでやっからな。 チケットなくすなよ』
『あ、そうなんだ』
『さっき打ち合わせん時言われただろ、ケイタ』
『ん~アキラ知ってた?』
『知ってた。 セナが言ってたじゃん』
『聞いてなかった! 袴に着替えてた時だよな?』
『スタイリストが着せてくれてたんだから、俺の話はちゃんと聞いとけ! おい、ケイタのファンはしっかり叱れよ! たまに大ボケかましやがるから大変なんだからな!』
『セナ、調子乗ってそんな事言ってると反撃食らうぞ……』
『セナさ~~ん、誰のせいでカットになったんでしたっけ?』
『…………俺のせいっす』
『だよな、セナがタコ食うからいけねぇんだよ。 ケイタ叱る前にタコ食った事を反省しろ』
『…………うっす』
『うわ、セナがしおらしい!』
『これしばらくイジれるな。 セナの弱点、やっと見付かったわ』
『イカとタコな! 美味しいのに。 セナ、たこ焼きも食べないの?』
『食べるけどタコはよける。 でも外側は好きなんだよ。 だからタコ抜きでって頼む』
『それたこ焼きじゃねぇ!』
『「焼き」じゃん!』
『一応たこ焼きだろ、丸いし』
『タコ食べてピーピーって……今さらウケんだけど……!!』
『ケイタ笑い過ぎじゃね!? てかアキラもこっそり笑ってんなよ!』


 ───こんな調子で、葉璃の予想通りアンコール後にも関わらず十五分以上も三人はファンを交えて会話を楽しんでいた。

 すると、下方のスタッフから巻き指示が入ったらしい。

 袖から少しだけステージの様子を覗くと、聖南がスタッフに向かって笑っていた。


『分かった分かった、そんな必死で腕回してたら千切れんぞ。 ちゃんと終電前には終わっから安心しろ。 ……おーい、葉璃、恭也、スタンバイよろしくー』


 中央に居た聖南達は、メインステージの方へ移動してきた。

 呼ばれたので恭也と共にステージへ出てみると、客席から盛大な拍手と共に迎えられる。

 葉璃と恭也を呼ぶ声もあちらこちらから聞こえて、CROWNのファンの温かさに胸がジーンとする。

 この最高の眺めと熱気を浴びると、どういうわけか葉璃の震えが止まるから不思議だ。

 本番に強い、と様々な場面で言われてきたが、本当にそうかもしれないと自信に変われば、もっと気持ちを強く保てるようになるかもしれない。

 葉璃は聖南から、恭也はアキラからマイクを手渡されて、メインステージ中央で客席に背を向けて立つ。

 唯一マイクを握っているケイタが、改めて二人の紹介をしてくれた。


『アンコールのラストを飾るのは、ETOILEだよー! セナが書き下ろしたETOILEのデビュー曲「silent」』


 二秒の暗転の後、スポットライトが葉璃と恭也に向けられた。

 イントロが流れ始め、葉璃は恭也と目配せし頷き合う。

 Aメロ前の振りに入ろうとしたその時ふとダンサー達が目の端に見えて、葉璃は踊りながら振り返り……こぼれ落ちんばかりに瞳を見開いた。


「────っっ!?!!」


 そこにはなんと、捌けたと思っていたCROWN三人と、九名のダンサーがずらりと横一列に並び、全員がsilentの振付を踊っていたのだ。



しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】嘘はBLの始まり

紫紺
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。 突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった! 衝撃のBLドラマと現実が同時進行! 俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡ ※番外編を追加しました!(1/3)  4話追加しますのでよろしくお願いします。

Sweet☆Sweet~蜂蜜よりも甘い彼氏ができました

葉月めいこ
BL
紳士系ヤクザ×ツンデレ大学生の年の差ラブストーリー 最悪な展開からの運命的な出会い 年の瀬――あとひと月もすれば今年も終わる。 そんな時、新庄天希(しんじょうあまき)はなぜかヤクザの車に乗せられていた。 人生最悪の展開、と思ったけれど。 思いがけずに運命的な出会いをしました。

幸せの温度

本郷アキ
BL
※ラブ度高めです。直接的な表現もありますので、苦手な方はご注意ください。 まだ産まれたばかりの葉月を置いて、両親は天国の門を叩いた。 俺がしっかりしなきゃ──そう思っていた兄、睦月《むつき》17歳の前に表れたのは、両親の親友だという浅黄陽《あさぎよう》33歳。 陽は本当の家族のように接してくれるけれど、血の繋がりのない偽物の家族は終わりにしなければならない、だってずっと家族じゃいられないでしょ? そんなのただの言い訳。 俺にあんまり触らないで。 俺の気持ちに気付かないで。 ……陽の手で触れられるとおかしくなってしまうから。 俺のこと好きでもないのに、どうしてあんなことをしたの? 少しずつ育っていった恋心は、告白前に失恋決定。 家事に育児に翻弄されながら、少しずつ家族の形が出来上がっていく。 そんな中、睦月をストーキングする男が現れて──!?

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

無自覚両片想いの鈍感アイドルが、ラブラブになるまでの話

タタミ
BL
アイドルグループ・ORCAに属する一原優成はある日、リーダーの藤守高嶺から衝撃的な指摘を受ける。 「優成、お前明樹のこと好きだろ」 高嶺曰く、優成は同じグループの中城明樹に恋をしているらしい。 メンバー全員に指摘されても到底受け入れられない優成だったが、ひょんなことから明樹とキスしたことでドキドキが止まらなくなり──!?

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

【完結】どいつもこいつもかかって来やがれ

pino
BL
恋愛経験0の秋山貴哉は、口悪し頭悪しのヤンキーだ。でも幸いにも顔は良く、天然な性格がウケて無自覚に人を魅了していた。そんな普通の男子校に通う貴哉は朝起きるのが苦手でいつも寝坊をして遅刻をしていた。 夏休みを目の前にしたある日、担任から「今学期、あと1日でも遅刻、欠席したら出席日数不足で強制退学だ」と宣告される。 それはまずいと貴哉は周りの協力を得ながら何とか退学を免れようと奮闘するが、友達だと思っていた相手に好きだと告白されて……? その他にも面倒な事が貴哉を待っている! ドタバタ青春ラブコメディ。 チャラ男×ヤンキーorヤンキー×チャラ男 表紙は主人公の秋山貴哉です。 BLです。 貴哉視点でのお話です。 ※印は貴哉以外の視点になります。

処理中です...