必然ラヴァーズ

須藤慎弥

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63・ETOILE初舞台当日

〜不穏な気配 Ⅲ〜

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「佐々木マネ……!?」


 革靴の踵を踏み鳴らして歩んできたのは、memoryのマネージャーである佐々木であった。


「こんばんは。 スタッフが騒々しいので理由聞いてみたら大変な事になってるじゃないですか。 葉璃に何かあったら許しませんよ」
「うるせぇ。 俺いま眼鏡と言い争う余裕ねぇんだよ。 分かんだろ」
「葉璃は生存しているんですよね?」
「してる! してねぇと困る! お前余計な事言うならどっか行けよ! 余裕ねぇんだってば! マジで!」


 それは一番考えないようにしていたのだ。

 憤る聖南は眉を潜めて佐々木を睨み、また受信機をイジる。

 葉璃の晴れ舞台だからと、自腹でチケットを購入しこっそり観に来ていたこの佐々木も頭の回転が非常に早く、バタつくスタッフを捕まえて簡易的に説明を貰い、すぐさま事態を把握したらしい。

 捌けた聖南がステージになかなか戻ってこないという事は、感情に任せて葉璃探しを始めているため、関係者出入り口であるここに居るだろう……という事までお見通しだった。

 眼鏡の奥の瞳がスッと細められ、聖南が扱う受信機を堂々と覗く。


「葉璃探しと救出、私も手伝います。 ちなみにライブはどうなさるおつもりで?」
「セナは中止だっつってたけど、俺今からスタッフと話し合って一時間だけダンサーに場を任せようかと……」
「余計なお世話かと思いましたが、今から三十分以内にmemoryが来ます。 全員です。 観客への当たり障りのない説明は必要となりますが、そこから一時間はmemoryがライブの場を繋ぎます。 ですから、猶予はおよそ二時間可能です」
「マジで!? 佐々木マネ、マジで言ってんの!?」
「もちろん、すでに手配済みです。 ケイタさんはスタッフにこの事を説明に。 アキラさんには警備とmemoryの到着管理をお任せしてもよろしいですか。 警備室へ成田さんと林さん、うちのチーフマネージャーも呼んでいますから、そちらで待機を」
「オッケー!」
「了解」


 佐々木にテキパキと指示され、アキラとケイタは急いで入り口へと引き返して行く。

 受信機から目を離さないまま聞いていた聖南は、足早にVIP専用の駐車場へと向かいながら苦笑を漏らした。


「……お前のその統率力はまさに総長だな。 ……チッ、指震えて押せねぇ……!」
「フッ……。 葉璃のためならクビ覚悟で動きますよ。 ……何を悠長に操作してんだよ、貸してみろ」


 葉璃は犯人に攫われて移動しているらしく、なかなか位置特定が出来ない。

 かつ聖南の指先はわざとかと思うほどに震えていて、受信機さえも揺れていた。

 突然敏腕マネージャーの皮を脱ぎ捨てた佐々木に受信機を奪われたが、その時ちょうど康平から連絡が入る。


「あ、康平か!? 葉璃生きてんの!?」
「……GPSで生存確認は不可能だろ……」
『生きている。 たった今動きが止まったから、聖南の方の受信機にも住所が出るはずだ。 そこから車であれば十分ほどだと出ている』
「分かった。 康平、警察呼んどいて。 あと現場にマスコミが来ねぇように警備張らせて」
『任せろ! 聖南は一人で大丈夫か? 警察の前にボディーガード向かわせようか』
「俺一人で行くつもりだったんだけどやべぇ奴付いてきてくれるっぽいから大丈夫」
『そうか。 私は引き続き監視に目を光らせておくよ。 次は音声マイクと小型カメラも仕込まなくてはな』


 真面目なトーンで言う康平に聖南も深く頷き、スマホをポケットにしまう。

 以前海岸で一瞬だけ見た佐々木のセダンを駐車場内で探すが、似たような車がいくつもあってどれだか特定できない。

 詳しい住所と簡易地図が表示された受信機を、当然ながら落ち着かない聖南に返却し佐々木が苦笑する。


「やべぇ奴って俺の事かよ」
「当たり前だろ。 こんな時に本性出しやがって。 眼鏡、車どれ? 急いでこの住所向かって」
「分かったから急かすな。 俺も心臓バクバクで余裕ねぇんだよ」
「心臓バクバクなら俺運転する」
「セナさんは手震えてんだろうが。 ってか葉璃にGPS持たすなんて異常過ぎて怖えんだけど」
「その異常さが役に立ってるじゃねぇか! ごちゃごちゃ言うな!」
「怒りの沸点が分かんねぇよ」


 二人は似たような口調で言い争いながら、佐々木の車に乗り込んだ。

 聖南は、心臓バクバクだと言いながら落ち着き払って運転する佐々木の事がとても嫌いである。

 葉璃へ本気の恋心を抱き、悩ませ、狼狽させ、泣かせた相手だからだ。

 けれどこうしてここにいるからには、佐々木の葉璃への気持ちに決して嘘がない事を信用せざるを得ない。

 CROWNのライブの穴埋めに別事務所のmemoryを招集して場を繋ぐなど、正気の沙汰ではないように思うが、その機転に今は心底助かっている。

 周囲の者達全員が葉璃の身を案じて協力してくれているのだから、恋人である聖南が少しは落ち着かなければいけない。


「……いやいや、無理だろ、落ち着くなんて無理だろ、なぁっ?」
「独り言えげつねぇー。 無理とか言ってねぇでちっとは落ち着けよ」
「とにかく生きててくれればそれでいんだ。 あとは何も望まねぇ……! 俺がこの世界に引っ張り込んだせいなんだ……! 俺が手当たりしだいに女抱きまくってたからこんな事に……!!」
「訳が分からん。 葉璃を拉致ったのって去年セナさんを襲った女、もしくは関係のあった女なのか?」
「違うっての!?」
「どうだろうな。 俺にはさっぱり。 GPSで生存確認まで出来るとは凄いな」
「それは体温感知のセンサーか何かで分かるらしい。 誕生日にあげたネックレスのトップに埋め込んであっから……」
「怖っ。 さすがの俺でもそこまで縛ろうとはしねぇわ」


 ぼやいた佐々木は、葉璃への強烈な独占欲と、悩ましいほどに鬼胎の気持ちを抱いている聖南の内側を垣間見た。

 ここに白バイや覆面が居たら確実に停められてしまうだろう。

 助手席でブツブツと後悔の念を呟き続ける聖南と同様に、佐々木もまた、我を忘れてアクセルを踏んでいた。



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