必然ラヴァーズ

須藤慎弥

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 葉璃は、恭也の部屋に居た。

 聖南が取らせた部屋は広過ぎて落ち着かないので、聖南を見送った後すぐにひとつ下の階のダブルルームに宿泊中の恭也の元へ行ったらしい。

 今二人がベッドを目前に寄り添って居ると思うと、………妬ける。


「───とりあえず食べたいもんを手当たりしだいに頼んだらいいから。 食えるかなーとか、お金がーとか何にも気にするなよ」
『でもどのくらいの量が来るか分かんないじゃないですか。 ねぇ恭也、やっぱり外の庶民的なお店探そう?』
「あ、おい! 勝手に出歩くなよっ? お前達二人はもうデビューした身なんだからウロチョロすんのはダメだ。 成田さんが迎えに来るまで絶対に部屋から出るなよ」
『えーでも……』
「おーい、うさぎちゃん! お疲れ! 俺、ケイタだけど。 そのホテル、和風パスタとハンバーグがめちゃくちゃ美味いから食べてみて」
『ほんとですか!? じゃあ頼んでみます! ありがとうございます! 聖南さんまた後でね! リハーサル頑張って下さい!』
「え、あ、……おい!」


 ケイタにおすすめのメニューを教えてもらった葉璃はやはり相当腹ぺこだったのか、早口でそう言うと聖南の制止も聞かずに電話を切られた。

 プーッ、プーッ、と通話の途切れた虚しい音が忌々しくて、聖南はポイとテーブルにスマホを投げて不貞腐れる。


「拗ねんなよ。 分かりやすいな」
「うさぎちゃんは恭也と今からランチ食うんだ! しかも大食い! 絶対かわいー! それなのに俺はここで汗だくリハ……なんでだ……」


 せめてもう少し話したかった。

 葉璃の声を聞くと会いたくなってしまうけれど、豪華な食事を前に穏やかな表情を浮かべる葉璃を脳裏によぎらせるだけで、幸せな気持ちになって元気を貰える。

 だが葉璃のもぐもぐする姿は見逃せないし、今や会える距離に居るだけに余計に焦れったい。

 ムスッとしてしまった聖南を無理やり立ち上がらせた長男アキラが、大きな溜め息を吐いた。


「お前それファンの前で言うなよ。 いくら恋人がいるの容認されてるからって、ファンは良い気しねぇからな?」
「分かってる! 今だけだ!!」
「汗だくリハ頑張っとけば、うさぎちゃんにもイイとこ見せられるんじゃない?」


 アキラに続いてケイタも歯磨きを終えて、スポーツドリンクを三本抱えた。

 ジャージ姿の聖南にその一つを渡すと、それを受け取った彼の表情がパァッと明るくなる。


「ハッ……!! そうだ、今日は観に来るんだったな!」
「……忘れんなよ」
「うさぎちゃん絡むとうちのボスは頼りがい無くなるなぁ……」
「っしゃ!! リハ気合い入れてやんぞ~!」


 首を回してストレッチしながら、意気揚々と控え室を出て行った聖南の後ろ姿に、二人の溜め息と苦笑が同時に刺さったが気にしない。

 来週からツアーに合流する葉璃と恭也が観に来るというだけで、聖南のリハーサルにも熱がこもる。

 小規模ながらリハーサルルームがあるのはありがたく、二時間みっちりそこで体を動かした後、ステージ上でも一時間半ほど通しリハーサルを行った。

 ダンサー達もETOILEの二人が来る事を知っていて、人となりもあの合同練習で分かっているからかとても楽しみにしている様子だ。

 はじめは、特に葉璃の人見知りが尋常では無かったせいで、明るく陽キャな彼らには二人の性格は簡単には理解し難かったかもしれない。

 同じく人見知りであるはずの恭也が率先して葉璃とダンサー達との仲を取り持ってくれ、かつ葉璃個人のダンスの腕前にも驚愕させられた九名は二人を大いに気に入っている。

 初日にCROWN三人がかりで葉璃と恭也を擁護し、「引っ張ってやってくれ」との言葉を実に忠実に守ってくれた。

 慣れてくると葉璃は、話さずとも相手の瞳をジッと見てしまう事から、合同練習が終わる頃には可愛い可愛いとそこでも全員から愛でられていて複雑ではあったが……。


「───なんで来ねぇの?」


 リハーサルを終え、本番前の控え室で衣装をまとった聖南はまたも不機嫌になっていた。

 すでに開場から一時間(例によって開場を早めにしてある)が経ち、まもなく本番だというのに葉璃と恭也は控え室に姿を現さない。

 本番前に葉璃を抱き締めてパワーを貰えるからと、それを楽しみにリハーサルも人一倍頑張ったというのにその本人が来ないので、メイクが崩れる勢いで聖南はしかめっ面をしていた。


「もう客席の方に行ってんだろ」
「成田さんが通さなかったんじゃない? 昨日のセナ見てげんなりしてたし」
「………………」
「どこに居るかだけでも聞いとく?」


 本番前のここに来ないのであればすでに一般の客席に紛れている可能性もあったが、デビュー後の二人は恐らく成田に連れられて関係者席に居るだろう。

 ステージから見て左前方の一角に的を絞れば、どんなに人波に紛れていても聖南は葉璃を一瞬で見付けられる気がした。


「…………いや、いい。 たぶん一発で分かる」


 葉璃の華のある容姿を頼るのではない。

 聖南には、葉璃がどこに居ようがその一点だけが輝いて見えるので、引き寄せられるようにあの瞳を探し当てられるはずだ。


「ハグ出来なかったのは残念だけど、この声聞いたら不思議とやる気湧いてくるな」


 しかめっ面をしていた聖南は、漏れ聞こえてくる会場からの熱気と自分達を呼ぶファンの声援にフッと笑んだ。

 昨日は情けなくもたっぷり甘えさせてもらったので、今日は葉璃にカッコいい姿をたくさん見てもらいたい。

 テレビ局での収録とこのライブでのCROWNはまた一味違う。

 初めての感覚に酔いしれてほしいし、何ならアイドルとして恋人をキュンキュンさせてみたい。

 葉璃の恋人は誰なのか再確認してもらい、その恋人は甘えん坊だが超絶カッコいい男でもあると、目一杯カッコつけてステージ上から葉璃を見詰められればいい。


『……葉璃…………』


 私情にかこつけて不機嫌になっている場合ではなかった。

 大勢のファンと愛する恋人が、客席で聖南達CROWNの登場を今か今かと待ってくれている。


「良かった。 ボスの目に生気が戻って」
「俺達を呼んでるぞ、セナ」
「あぁ。 ……行くか」


 ワインレッドの揃いのスーツを着た三人は、数名のスタッフに見守られながら控え室を出て廊下を闊歩した。

 ステージへと近付くにつれて、声援がどんどんと大きくなる。

 大音量で流れるインストの最中、舞台が暗転されると客席からは割れんばかりの拍手と歓声が轟いた。

 葉璃と恭也は初めて体感する、CROWNの仙台地方公演3DAYS二日目が始まった。




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