必然ラヴァーズ

須藤慎弥

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「…………聖南、さん……」


 やっと絞り出して出たのは、聖南の名前だった。

 スマホの向こうが途端に静かになって、数秒沈黙が流れる。

 なに……? 俺、変なタイミングで名前呼んじゃった……?

 スマホを乗せてる手のひらがカタカタと震え始めた。

 緊張と動揺で立っているのもやっとだ。


『…………恭也、……今日だけは許してやるから、葉璃抱き締めてやって。 震えてんだろうから力一杯な』
「え……葉璃を、抱き締めるって……」
『もう切るよ、ハル君と恭也そろそろ呼ばれちゃうかも』
『……だな。 ハル、今までのレッスンを思い返して気持ち保っとけよ。 ……頑張って』


 アキラさんとケイタさんが最後にそう言ってくれた後、ほんとに通話を切られてしまった。

 会見まであと二十分。

 ついつい、これ以上時計の針が動かないでほしいって願ってしまう。

 恭也が俺の手のひらからスマホを取ると、ゆっくり会議テーブルに置いた。


「……セナさんからお許しが出たので、遠慮なく。 ……おいで、葉璃」
「……え、何……? ……わわっ」


 おいでってどういう事かと、真剣な顔で近付いてきた恭也を見ていたらふわりと抱き締められた。


「えっ? えっ? ……恭也……っ?」
「葉璃、大丈夫だから。 震え止めてあげる。 俺の背中に、手回して。 セナさんだと思って」


 ふわっと抱き締めてくれたのは最初だけで、その腕にだんだん力が込められて逃れられなくなった。

 驚いて固まったままでいると「手を回して」って言われたけど……いいのかな。


「恭也……あの……」
「早く。  会見、始まっちゃうよ」


 分かってる、分かってるけど……!

 珍しく急かされて、強く抱き締めてくる恭也の背中におずおずと腕を回してみる。

 するとさらに恭也が力を込めてきた。

 聖南と恭也はもちろん何もかも違うけど、俺を安心させてあげようという気持ちがその腕から痛いほど伝わってきて……。

 ───あ、なんか……落ち着いてきたかも……。

 聖南、俺が震えてるって分かってた。

 だから恭也にこれを頼んでたんだ……。


「……葉璃。 俺達の未来が、今日からスタートするんだよ。 ……ありがとう、葉璃」


 俺を抱き締めてくれながら、恭也が突然そう言った。


「なん、なんでありがとう?」
「葉璃は、俺の人生を、変えてくれた。 今ね、俺の目の前は、キラキラなんだよ。 大好きな葉璃と、これからどんな世界が見られるんだろう、って」
「…………恭也……」
「急いで成長しないで、葉璃。 ただでさえ、俺と出会った頃の葉璃が、もう居ないのに。 葉璃は、震えてるくらいが、ちょうどいいよって、意地悪言ってもいい?」
「……それは……ほんとに意地悪……」


 話す事が苦手な恭也が言葉にたっぷりと親愛の気持ちを乗せて、ゆっくり、ゆっくり、語り掛けてくれた。

 いつかに恭也が「俺達二人が補い合えばいい」って言ってくれた思いはあの時から変わってないみたいだ。

 むしろ、そんなに早く変わろうとしないで、とも聞こえて複雑だけど、俺は恭也ほど変われたとは思えない。

 こうして土壇場でパニックになって一人の世界に入ってしまうのを寛大に受け止めてくれる恭也に、俺は何度も救われている。

 聖南に仰せつかったからとはいえ友達を抱き締めるなんて、恭也は嫌だったんじゃないのかな。

 もういいよって言おうとして力を抜くと、耳元で恭也が笑っていた。


「ふふっ……。 ……震え、止まった?」
「あ、ほんとだ。 ……止まってる」
「良かった。 ……とてもじゃないけど、俺はセナさんの代わりには、なれないな」


 そんな風に思ってたんだ、恭也……。

 違う、「セナさんだと思って」抱き締め返したわけじゃない。


「代わりだなんて思わないよ。 聖南さんは気使ってあぁ言ったんだろうけど、俺は恭也にこうしてもらって嬉しかった。 恭也と出会えて、……ほんとに良かった。 ありがとうは、俺の方だよ」


 今も、これから先の事も、何も不安なんて感じてない。

 ただ状況的に仕方なくパニックになってるだけだ。

 俺も、恭也との未来が楽しみだよ。

 それは間違いない。

 眩しい世界に飛び込む勇気を持てたのは、恭也が一緒だったからだ。

 俺の方こそ、感謝してもし足りない。


「っ葉璃ー……。 あと一分だけ、こうしてていい?」
「いいよ」
「ありがとう、葉璃……。 俺、頑張るからね。 葉璃の歌とダンスが活きるように、頑張るから」
「俺も同じ気持ちだよ。 恭也をもっとキラキラさせてあげたいから、俺もがんばる。 ……急には無理だけど」
「ふふっ……葉璃って肝座ってるのに、ネガティブなんだよね。 面白いな。 ……本当に、素敵だよ」


 笑顔のまま、恭也はゆっくり俺を解放した。

 おおらかで優しい恭也に今日も助けられてしまった。

 冷静になって考えると、聖南達もライブ前の貴重な時間だったはずだ。

 緊張してるだろうからってわざわざ励ましの電話を三人で掛けてくれるなんて……俺はほんとに幸せ者だ。

 恭也と、CROWNの三人のおかげで震えは何とか止まったから、あとは会見の場で気絶しないように気を張っておかないと。

 すぐには変われないけど、変わろうとしてる姿、まずはこの四人に見てほしいもん。


「準備できたかな? 行くよー」


 十分前になって、林さんが控え室に呼びに来てくれた。

 今日は事務所の広報の人が二人と、偉い人が一人と、林さんが付いてきてくれてる。

 ETOILEのために動いてる人達は当然、それだけじゃない。

 たくさんの大人達が俺達のために一年……いや、構想からだとしたら何年も掛かっての今だ。

 俺達ETOILEを世間にお披露目する大切な場所へ、頼もしい恭也といよいよ向かった。



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