必然ラヴァーズ

須藤慎弥

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 Hottiの撮影で早朝の飛行機で新潟から飛んで来た聖南は、滞在時間五時間ほどで撮影と取材、そして俺達への労いを済ませてまた新潟へと戻って行った。

 聖南だけ短い時間でのツアーリハーサルだったにも関わらず、その日もTzホールと同じ収容人数のホールで観客を大いに湧かせたらしい。

 日、月の公演後、テレビでCROWNのライブの模様が流れてたから俺もかじりついて見た。

 けど、報道番組だからそれは数分しか流れない。

 全部見たいなぁって思ってはいても、俺ももうすぐあの場に立たなきゃいけないから緊張も先立って落ち着かなかった。

 次は金曜日と土曜日の仙台の競技場公演が控えてるから、CROWNとスタッフさんはすでに宮城へと旅立っていると思う。

 俺はデビュー会見が明日に迫ってる事で絶対に今日は眠れないだろうなってくらい緊張していて、心臓が口から飛び出そうだ。

 さっきまで恭也とLINEで励まし合ってたから何となく気が紛れてたけど、シーンとなった部屋で自分の布団に包まってると、これはほんとに現実なのかなって妙な感覚に陥ってくる。


「……うーー……」


 ……現実、なんだよなぁ……。

 俺も恭也も目的は違えど、眩しい世界に飛び込むためのレッスンを十ヶ月近く無心でやってきた。

 これまでの日々は決して無駄にしちゃいけない。

 色んな事があっての今なんだし、もうグダグダ考える間もなく会見は明日なんだから。

 デビューを夢見て何年も下積みをがんばってるレッスン生達を飛び越えての俺達ETOILEだ。

 そんな彼らに混じって練習してた事もあったから、羨望と、時にはやっかみに似た嫌味を言ってくる人も居た。

 最初は嫌味を言われてるって気付かなかったけど、恭也と講師に「気にするな」って言われて初めて、嫌な事を言われたんだって知ったくらい俺は鈍感で……落ち込んだ。

 でも逆にそれで良かった。

 遠回しの辛辣な言葉をいちいち気にしてたら、きっと俺は保たなかったもん。

 嫌味を気にしてぐるぐるし始めたら、すでにプロジェクトとして大勢の人や多額のお金が動いてるって知ってるのに、「デビューやめたい」とさえ口走ってたかもしれない。

 気にするなって言われて初めて嫌味に気付くなんて、おめでたいなと自分でも思う。

 恭也が「気付かないなら、それはそれで幸せだよ」って笑ってくれたから、俺はそれに共感して良い方へ捉える事にした。

 この事は聖南には言ってない。

 俺自身が嫌な思いをしたわけじゃないし(気付かなかっただけ)、もし言っちゃうと聖南が怒鳴り込みに来そうで、まるで俺がチクったみたいに思われてさらなる誤解と反感を生むと思った。

 恭也に、聖南にはこの事言わないでって告げたら俺の気持ちを分かってくれたみたいで、黙って頷いて頭を撫でてきた。


「……なんか色々思い出してきちゃうなぁ……」


 大事なお披露目の日に目の下にクマなんか作ってたら大変だから、寝よう寝ようってがんばってるけど、意識するほど目が冴えてしまって全然眠れない。

 毎日のレッスンの事、ツアーリハの事、バックダンサーのみんなに初めて囲まれた日の事、サプライズライブの事、学校での様々な変化。

 俺は傷付くのが怖くてまったく他人を寄せ付けようとしなかったし、誰にも破れない固い殻に閉じこもって、恭也と空気のように穏やかに学校生活を送ろうとしていた。

 現に、去年の今頃はまだその殻は強固なままだった。

 何がどうなってこんな事になってるのか……って考え始めると、春香とダンススクールに通い始めた事からすべてが始まっていた気がする。


「あの時も春香は強引だったもんなぁ……」


 まだ中二になりたてだった俺は、嫌だって言い続けてたのに「ただでさえ根暗で猫背なのよ!  そのまんま朽ち果てて行く気!?」と、運動する名目で半ば無理やりダンススクールに通わされた。

 体育の成績も良かった事から、体を動かすのは嫌いじゃないって分かってからはダンスで汗を流すのが楽しくなってきて。

 いつからか佐々木さんがスクールに来るようになって、春香達memoryのデビューが決まって、……去年のあの影武者だ。

 あの時は味わった事のない物凄い重圧を背負わされてたっけ……。

 ほんの二時間弱でmemoryの振付を覚えるだなんて、不可能に近かった。

 今でも過去の俺が可哀想になる。

 卑屈で、ネガティブで、根暗で、どうしようもない俺が唯一出来る事と言えば踊る事だけだから、ほんとに死に物狂いだった。

 緊張し過ぎて、もはやあんまりあの時の生放送の現場をよく覚えてない。

 影武者としての俺を、偶然その場に居た聖南に見初められた大切な日だったっていうのに、ほんとに……何も。

 ただ、これだけは分かった。

 俺の人生は産まれた時から決まってたのかもしれない。

 ダンスを始めた事も、春香の影武者を引き受けた事も、聖南と出会った事も、恭也とデビューに至る事になったのも、全部───。


「………必然だったんだ。 何もかも」


 あらゆる場面で俺の耳に飛び込んできた「必然」という言葉。

 その度に納得して分かったフリをしてたけど……今この瞬間、ようやく意味が合致した。

 必然に背く事なんて出来ない。

 緊張してもいい、ビクビクしてもいい、でも前は向いてなくちゃ。

 俺はもう、ネガティブだった過去は振り返らない。

 そう決めた。



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