必然ラヴァーズ

須藤慎弥

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 社長が今日俺達を呼び出したのは、こうやって面と向かって会見への意識と覚悟を持たせるためだったのかなと思う。

 そして忙しい中わざわざここへ立ち寄ってくれた聖南は、当日現場に居られないから今、俺達を励ましてくれたんだよね。

 聖南に絶大な信頼を寄せている社長の前でこういう会話をしておけば、明らかな誇示となって社長を安堵させる事が出来る。


「そうだな、二人なら大丈夫だろう。 上がり症はハルの方だったか? それも経験を積めばいずれ無くなるからな。 それまでは恭也がフォローしてあげなさい」
「はい、それは、重々承知しています」
「恭也も葉璃も来年の今頃は緊張しなくなってんじゃね? 来月からは凄まじい量のメディア仕事が待ってるからな。 鍛える機会はいくらでもある」


 笑いながらのんびりとお茶を啜っていた聖南がゆっくり立ち上がった。


「なんだ、もう行くのか?」


 到着してまだ数分しか経ってないから、そんなに急ぐのかと社長は溢している。


「いや。 葉璃借りる」
「なんだと?」
「そっちの会議室十分貸して」


 近付いてきた聖南に腕を取られて狼狽えながら立ち上がると、そのまま社長室に併設された隣の会議室へと押し込まれた。

 聖南の行動と言動に驚いた社長も立ち上がった気配がして、俺はここから出た方がいいんじゃないかって不安がよぎる。

 だけど入り口を聖南が塞いでるから出るに出られないし、オロオロする事しか出来ない。

 社長と恭也は俺達の事を知ってるからまだいいけど、林さんはどう思ってるか分からないから尚更だ。


「あ! おいセナ! いかがわしい事はするなよ!」
「しねぇよ、多分な。 チューはするけど」
「ちょっ、聖南さん! こんなとこで何を……っ」
「…………やれやれ……恭也、君は二人の事を知っているのか?」


 チューはするけど、という言葉に顔が熱くなったのを感じた俺は、バタン、と扉が閉まる前の社長のトホホな声を聞いて動揺を抑えきれない。

 恭也はいつもの無表情で「またこれか」って動じてなさそうだけど……どう思ったんだろう……社長と、そして林さんは……。


「聖南さんっ、ダメですよ! こんな事したら!」
「あ? なんでダメなんだよ」


 声が漏れないようになのか、一番奥まで行った聖南は会議テーブルに腰掛けて太ももを叩いた。

 それに釣られるように俺が聖南の元まで行くと、抱き上げられて腿の上に降ろされる。

 対面した超絶カッコいい生の聖南に異常に照れてしまうから、瞳は見られなかった。

 落ちると危ないと思って聖南の首に腕を回すと、力一杯ギューッと抱き締められて、大好きな香水の香りが鼻をくすぐった。

 あぁ聖南がここに居るんだなって実感して、とにかく心臓がドキドキして壊れそうだ。


「い、いや……だって……」
「葉璃、今日もかわい。 会いたかったよ、毎日毎分毎秒」
「…………っ! ……俺も会いたかったです……」


 ……聖南だ……。

 俺を甘やかして、トロトロに愛してくれる大好きな人が今、目の前にいる。

 全国ツアーの真っ只中だから、こうして会えるのは今週末までお預けだって思うと寂しかったからほんとに嬉しい。

 あの三人の前でなんの躊躇いもなくあんな突拍子もない事を言っちゃう聖南だけど、その真っ直ぐで嘘のない言い方、……嫌いじゃないよ。

 ジッと大人しくしがみついてたら、サングラスを外した聖南に瞳を覗かれる。


「キスしていい?」
「えっ? そ、それ聞きますっ? そんな改まって聞いた事な……」


 この態勢で顔を覗き込まれたら、キスするんだろうなって分かってたけど……会えてなかった分の気持ちも重なって思いっきり照れてしまった。

 ドキドキして俯こうとしたら、ふと、唇が重なった。

 優しく合わせてくるだけの甘くて蕩けそうなキスだ。

 傾けてる顔の角度を変えて、さらに口付けてきたけど舌は入れてこない。

 とにかく温かくて心地良い、聖南の唇を思う存分堪能させてくれる甘々なそれに、胸がいっぱいになった。

 鼻でゆっくり息をしてたから、口付けが長くても気にならない。

 やらしいキスもいいけど、こんなに柔らかで切なくなるようなキスは初めてだからドキドキが加速した気がした。

 唇が触れ合う湿った音が会議室に響く。

 啄むように食まれたりほんの少し吸われたり、いつもの聖南じゃないみたいで異様に照れてしまってほっぺたが熱くてかなわない。

 ……聖南から離れたくない。

 だから俺も聖南にしがみついて夢中だった。


「んっ…………」
「美味ぁ~♡ たまにはこんなのもいいな。 ……ん、葉璃? どした?」
「………………」


 甘い甘いキスの余韻から抜けきれなくて、唇を離されても聖南に抱き付いて、照れも恥ずかしさも捨てて首筋に頭を擦り付けて甘えた。


「うーわ、そんなかわいー事しちゃう? 十分じゃ足んねぇよ」
「足りない。 十分なんかすぐだよ。 ……でも聖南さんもう行っちゃうんでしょ」
「……ま、まぁそうなんだけど……」
「俺置いて、行っちゃうんでしょ」
「いや葉璃、マジでやめろって。 行きたくなくなる……なんなら連れて行こうかってなるから」
「連れて行って。 聖南さんと離れたくない……」


 この後すぐにまたどこかへ旅立ってしまうなんて、それが聖南の大事な仕事だって分かってるのに俺は初めて駄々をこねていた。

 イヤイヤと首を振って聖南の体から離れない俺の髪を、優しく撫でてくれる。

 大きな手のひらがこんなに俺を愛でてくれるのに、今日また離れ離れになるなんて考えたくない。


「…………どしたよ、葉璃? 寂しかったの?」
「………………うん」
「叫んでいい?」
「え?」


 ───叫ぶ?


 なんで今叫ぶの?って不思議で、聖南の顔を見ようと体を離した瞬間……。


「ッかわいぃぃ────!!!!」
「────っっ!」


 俺の耳元で、聖南が絶叫した。



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