必然ラヴァーズ

須藤慎弥

文字の大きさ
上 下
412 / 541
57❥

57❥7

しおりを挟む



 ステージ上を所狭しと動き回り、曲によっては二階席をぐるりと半周できる通路をじわじわ歌いながら進み、ファン一人一人と目を合わせていった。

『五秒目線ください』
『ウインクして』
『両手で手振って』
『投げキッスして』
『私だけを撃って』

 このような要望が書かれたうちわや横断幕を見付ければ、可能な限りそのほとんどに対応して聖南も大いに楽しんでいる。

 葉璃のサプライズライブで大熱狂してから、彼女らの気持ちが痛いほど分かる聖南にとって、お安い御用だという心持ちだ。

 ライブをこんなに楽しめているのは初めてかもしれない。


『……最高の気分だ……!!』


 流れる汗も厭わず、皆も聖南と同様に最高の気分で家路につけるよう、今日この日をいつまでも忘れないでいてくれるよう、精一杯パフォーマンスに尽力した。

 アキラも、ケイタも、聖南に感化されたようにいつにも増して素晴らしい。

 バックダンサーの面々も練習以上の踊りと煽りで会場を盛り上げてくれている。

 全十九曲と合間のフリートークで会場を熱気の渦に巻き込んだCROWNは、惜しみないファンからの歓声に包まれながらも一度控え室へと戻っていった。


「~~っっやべぇぇぇ!!!」
「マジでな!! すげぇ興奮したー!」
「二人ともこっからまだあと一時間あんのに大丈夫か? 血圧上がるぞ?」
「アキラ冷静だな! ケイタもこんな状態だっつーのに!」


 聖南とケイタは興奮冷めやらぬままきらびやかな衣装を脱いで軽装に着替えていて、アキラも同じく大興奮しているかと思ったら、いつもと何ら変わりなかった。

 これだからメロドラマの仕事がこないのだ。


「今日のチケットが即完だったのはラジオ込みだからだろ? まだ気抜けねぇじゃん」


 そうなのだ。

 今日は隔週土曜日の生ラジオの日なのだが、ライブ日と重なるため聖南はツアースタッフとラジオスタッフの両サイドと何度も話し合った。

 別番組の差し替えやピンチヒッターの案もあったが、土日公演が多い今回は各地からの公開放送にしたらどうかと聖南の提案が通ったのだ。

 公開放送が無い日程ではフリートーク時間を増やし、さらに曲目も三曲追加しているのでチケット価格と内容に差が生まれないよう気を配った。

 準備は大変であったが、チケット発売時にその旨を公表するや本当に公開放送日分は軒並み数分でSOLD OUTとなった。

 それだけ楽しみにしてくれているファンが居るという何よりの証拠となり、会場が埋まる安心感と同時に気持ちの上で単純に嬉しかったのを覚えている。


「それは分かってんよ! っつーかマジで興奮冷めねー! 葉璃に会いてぇ!!」
「おい、誰が聞いてるか分かんないんだから名前出すなよ」
「そうだぞ、ダンサー組は隣の控え室に居るんだから」


 アキラとケイタは着替えを済ませて鏡で自身のチェックに入っていた。

 すると信じられない事に、鏡越しに目に入った聖南はスマホを手にして耳にあてがっている。

 もしかして……とアキラが振り向けば、聖南の表情が一瞬にしてだらしなくなった。


「…………あ、もしもし? 葉璃?」
「マジかよ……」
「セナめ……我慢、って言葉知らねぇのか?」


 ほんの数分後にはまたステージに戻らなければならないというのに、ここはCROWNの三人しか立ち入らないのをいい事に葉璃と通話を始めた。

 漏れ聞こえてきたのは、当然ながら驚きに満ちた葉璃の声だ。


『せ、聖南さん!? 今ライブ中じゃっ!?』
「今アンコールのラジオ準備待ちー! なぁなぁ、会いてぇよ! 会おうよ! ライブ終わりそっち行っていい?」
『なっ!? まだ本番中なのに何言ってるんですか!? 切りますよ!』
「はぁっ? ちょっ、……マジで切りやがった!! 葉璃まで冷てぇ!!」


 早々と通話を終了されて憤った聖南が、カタンッと乱雑にスマホをテーブルに放って天井を仰いだ。


「当然だろ……」
「セナさぁ、あの子怒らせるってマジですげぇ事だっていい加減自覚しろよ……」


 完全にテンションの上がりきった聖南の暴走に付き合わず、通話をすぐに終わらせてくれた葉璃をアキラとケイタは「ナイス!」と褒めてやりたくなった。

 二人がくっついていると周囲を寄せ付けないほど甘ったるい世界の中へと入って行くが、精神年齢の幼い聖南が訳の分からない行動をした時は、葉璃がきちんと分別を付けさせてくれようとしているらしい。

 ライブの最中に恋人に電話をするなどあり得ない。

 今までの聖南なら考えられない行動であった。

 この興奮と感動を伝えたい相手が居る事に幸せを感じられているのは結構だが、それは今ではない。

 三人とも、ぼんやりしている暇などないのだ。

 これからすぐにラジオの公開放送が控えていて、その時はもう刻一刻と迫っている。


「今すぐギュ~~ッてしてぇんだもん! 抑えらんねぇよ!」
「セナは今熱気に圧されて興奮してるだけだろ。 ほら立て、ラジオ行くぞ」
「も、もう一回声聞いてから……!」
「ダメに決まってんだろ!! ケイタ、セナ引き摺って行け」


 懲りない聖南は、スマホに手を掛けようとして敢え無くケイタに捕まった。


「了解~~」
「このヤロー!! アキラ、次の新曲お前のパートだけファルセットだらけにしてやるからな!! 覚えとけ!」
「喉に負担こねぇからありがたいな」
「ああ言えばこう言うだな! ケイタもなんか言ってやれ!」
「セナ、もう黙っときなって。 イメージ崩れるよ、色んな意味で」
「なんだよイメージって! これが俺だって言ってんじゃん!」


 この間から二人掛かりで「見た目と中身が伴ってない」だの「イメージが崩れる」だの言われて腹が立つ。

 一体どういうつもりで言っているんだと、両脇を抱えられてかかとをズリズリされながら不満気に叫んだ。

 すると頭上から、4つも歳下のケイタにこんな事を言われてしまう。


「…………最近のセナはちょっと駄々っ子が過ぎるよ」
「………………」


 一瞬にして聖南の興奮は冷め、表情を引き締めてケイタの支えから逃れた。

 ───駄目だ。 今が幸せ過ぎて、葉璃にだけ見せるはずの甘えを二人にまで出してしまっていた。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

潜入した僕、専属メイドとしてラブラブセックスしまくる話

ずー子
BL
敵陣にスパイ潜入した美少年がそのままボスに気に入られて女装でラブラブセックスしまくる話です。冒頭とエピローグだけ載せました。 悪のイケオジ×スパイ美少年。魔王×勇者がお好きな方は多分好きだと思います。女装シーン書くのとっても楽しかったです。可愛い男の娘、最強。 本編気になる方はPixivのページをチェックしてみてくださいませ! https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=21381209

新しいパパは超美人??~母と息子の雌堕ち記録~

焼き芋さん
BL
ママが連れてきたパパは超美人でした。 美しい声、引き締まったボディ、スラリと伸びた美しいおみ足。 スタイルも良くママよりも綺麗…でもそんなパパには太くて立派なおちんちんが付いていました。 これは…そんなパパに快楽地獄に堕とされた母と息子の物語… ※DLsite様でCG集販売の予定あり

【BL】SNSで人気の訳あり超絶イケメン大学生、前立腺を子宮化され、堕ちる?【R18】

NichePorn
BL
スーパーダーリンに犯される超絶イケメン男子大学生 SNSを開設すれば即10万人フォロワー。 町を歩けばスカウトの嵐。 超絶イケメンなルックスながらどこか抜けた可愛らしい性格で多くの人々を魅了してきた恋司(れんじ)。 そんな人生を謳歌していそうな彼にも、児童保護施設で育った暗い過去や両親の離婚、SNS依存などといった訳ありな点があった。 愛情に飢え、性に奔放になっていく彼は、就活先で出会った世界規模の名門製薬会社の御曹司に手を出してしまい・・・。

【R18】孕まぬΩは皆の玩具【完結】

海林檎
BL
子宮はあるのに卵巣が存在しない。 発情期はあるのに妊娠ができない。 番を作ることさえ叶わない。 そんなΩとして生まれた少年の生活は 荒んだものでした。 親には疎まれ味方なんて居ない。 「子供できないとか発散にはちょうどいいじゃん」 少年達はそう言って玩具にしました。 誰も救えない 誰も救ってくれない いっそ消えてしまった方が楽だ。 旧校舎の屋上に行った時に出会ったのは 「噂の玩具君だろ?」 陽キャの三年生でした。

EDEN ―孕ませ―

豆たん
BL
目覚めた所は、地獄(エデン)だった―――。 平凡な大学生だった主人公が、拉致監禁され、不特定多数の男にひたすら孕ませられるお話です。 【ご注意】 ※この物語の世界には、「男子」と呼ばれる妊娠可能な少数の男性が存在しますが、オメガバースのような発情期・フェロモンなどはありません。女性の妊娠・出産とは全く異なるサイクル・仕組みになっており、作者の都合のいいように作られた独自の世界観による、倫理観ゼロのフィクションです。その点ご了承の上お読み下さい。 ※近親・出産シーンあり。女性蔑視のような発言が出る箇所があります。気になる方はお読みにならないことをお勧め致します。 ※前半はほとんどがエロシーンです。

αなのに、αの親友とできてしまった話。

おはぎ
BL
何となく気持ち悪さが続いた大学生の市ヶ谷 春。 嫌な予感を感じながらも、恐る恐る妊娠検査薬の表示を覗き込んだら、できてました。 魔が差して、1度寝ただけ、それだけだったはずの親友のα、葛城 海斗との間にできてしまっていたらしい。 だけれど、春はαだった。 オメガバースです。苦手な人は注意。 α×α 誤字脱字多いかと思われますが、すみません。

イケメン仏様上司の夜はすごいんです 〜甘い同棲生活〜

ななこ
恋愛
須藤敦美27歳。彼氏にフラれたその日、帰って目撃したのは自分のアパートが火事になっている現場だった。なんて最悪な日なんだ、と呆然と燃えるアパートを見つめていた。幸い今日は金曜日で明日は休み。しかし今日泊まれるホテルを探す気力がなかなか起きず、近くの公園のブランコでぼんやりと星を眺めていた。その時、裸にコートというヤバすぎる変態と遭遇。逃げなければ、と敦美は走り出したが、変態に追いかけられトイレに連れ込まれそうになるが、たまたま通りがかった会社の上司に助けられる。恐怖からの解放感と安心感で号泣した敦美に、上司の中村智紀は困り果て、「とりあえずうちに来るか」と誘う。中村の家に上がった敦美はなおも泣き続け、不満や愚痴をぶちまける。そしてやっと落ち着いた敦美は、ずっと黙って話を聞いてくれた中村にお礼を言って宿泊先を探しに行こうとするが、中村に「ずっとお前の事が好きだった」と突如告白される。仕事の出来るイケメン上司に恋心は抱いていなかったが、憧れてはいた敦美は中村と付き合うことに。そして宿に困っている敦美に中村は「しばらくうちいれば?」と提案され、あれよあれよという間に同棲することになってしまった。すると「本当に俺の事を好きにさせるから、覚悟して」と言われ、もうすでにドキドキし始める。こんなんじゃ心臓持たないよ、というドキドキの同棲生活が今始まる!

処理中です...