必然ラヴァーズ

須藤慎弥

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 Tzホールへ向かう前の二つの現場で、すでに聖南は各々のスタッフ達から誕生日を祝われていた。

 一つは大きな長方形のデコレーションケーキで、もう一つは丸型二段重ねのバースデーケーキであった。

 その二つともにロウソクが立てられてあったが、何も考えずに「あざっす」と言ってすぐに吹き消した。

 聖南は物心付いてから、家で誕生日を祝われた事がない。

 今日のようにほとんど毎年のように仕事が入っていたので、職場で馴染みのスタッフに祝われていたのだ。

 それはそれで賑やかに祝ってくれて嬉しかったのだが、愛する葉璃からだとどうにも感情が追い付かない。

 家族というものの中では願い事をしてから火を消すらしく、葉璃にそう教えられて胸が熱くなった。

 些細な事だけれど、すでに葉璃と家族になれた気がしたからだ。


『……やば。 またツーンときてる』


 たった今、こらえきれなくて雫が一筋頬を伝ったというのにまたもそれが押し寄せようとしている。

 聖南は葉璃に気付かれないように目頭を押さえた。

 愛する者からの切実な言葉を聞いて、聖南の心が震えている。


生まれてきてくれてありがとう。
俺を見付けてくれてありがとう。


 そんな事を言われては、必死でそれをこらえようにも無理な話だった。


『…………葉璃……』


 葉璃の頭を優しく撫でて離れた聖南は、灯りを付けるためにスイッチの元まで歩んだが、頬に伝った涙を悟られたくなくて念入りに拭ってからスイッチを押した。

 それでもまだ目の奥がムズムズしていて、油断するとぽろりと涙が落ちてしまいそうだ。

 葉璃に見られたところで構わないのだが、人前で泣いた事のない聖南はその姿を見られる事に僅かながら抵抗を感じてしまう。

 嬉しくてたまらなくて涙を流すなど、初めての経験だったので戸惑いも大きい。

 置き去りにされた、葉璃の気持ちのこもったケーキを食べなくてはと、紅茶を淹れ直すためにケトルの電源を入れた。

 キッチンに置きっぱなしで温くなった紅茶を飲んで気持ちを落ち着かせていると、とてとて…と葉璃が隣にやって来た。


「あ、それアプリコットティーですか? 俺もちょうだい」
「いや温くなってっから」
「いいよ、俺も飲みたいです」
「……ん」


 葉璃の分だったもう一つのティーカップを渡すと、一度スンと香りを楽しんで口を付けている。

 この可愛い唇が、 "あなたのすべてをください" と訴えてきて、先刻は涙ものの言の葉をくれた。

 色白な頬と小さな唇に見惚れていると、ケトルの湯が沸いてハッとする。


「葉璃、食器棚から皿とフォーク二セット持って行って」
「聖南さんも食べてくれるの?」
「当たり前。 俺のために用意してくれたんだろ?」
「……はい」


 辛党な聖南はケーキは食べないかもしれないと案じながら、それでも、誕生日だからと用意してくれたのだ。

 葉璃の安堵の微笑みに、ケーキナイフを引き戸から取り出しながらまたも目の奥がツーンときた。


『ダメだ、いま俺の涙腺ぶっ壊れてるわ……』


 大好きな葉璃が、今日この日の聖南のために色々考えたのだと思うとそれだけでジーンとくる。

 コンシェルジュに預けてあったらしいケーキを、サプライズで聖南に贈るために「付いてこないで」と言っていた事すら、今考えるといじらしい。

 熱々のティーポットから新たにカップへと注ぐと、アプリコットの香りが室内を彩った。

 すでに日付けが変わる直前……真夜中と言っていい頃合いなのだが、珍しく葉璃は目を擦る素振りを見せない。

 二曲のみだったとはいえ、あんなにも大きな会場でパフォーマンスをしたのだからアドレナリンが出ていてもおかしくはないだろう。

 何とか涙腺がいつもの調子を取り戻してきたので、紅茶を淹れてからケーキナイフを手にダイニングテーブルに置かれたケーキを切っていると、葉璃が隣から感心したように「上手~」と褒めてくれた。


「聖南さんパティシエとかコックさんも似合いそうですね。 カッコイイから何着ても似合うし、料理できるって言ってたし」
「あんま興味ねぇけどな」
「勿体なーい」
「あはは……っ、なんでだよ。 葉璃、紅茶持って来て」
「うん、分かった」


 聖南は切ったケーキを皿に取り分けた。

 フルーツがふんだんに使われているので、それらを倒さないように神経を研ぎ澄ませる。

 紅茶を持ってきてくれた葉璃が、じわっと聖南の隣に腰掛けた。


『すげぇな、……どうしていいか分かんねぇっての初めてだ』


 人を愛する自信が無くて、本気で誰かと付き合える事は一生ないだろうと早くから悲観していた聖南にとって、葉璃という存在が現れてからは何もかも真新しく映ってはいた。

 だが今日は、葉璃によって驚きと興奮と戸惑いを次々味わわせてくれていて、聖南の中にほんの少しだけあった余裕らしきものは皆無となっている。

 今もこうして誕生日を祝ってくれているだけなのだが、それがどれほど大きな意味を成すか、葉璃はきっと気付いていない。

 聖南がどんなに喜んでいるかを伝えたくても、知らない感情が襲う今、涙腺崩壊が目に見えていて……どうも伝えられない。

 いただきます、と同時に手を合わせて、まずは聖南がケーキを一口食べた。


「ん。 あんま甘くねぇな、美味い」
「……っ良かった~~! 聖南さん甘いもの苦手だと思ってビターにしたんです。 少しでも食べてくれたらいいなって思ってたから、嬉しい……!」
「そっか。 ……葉璃、マジでありがとな。 なんつーか、うまく言えねぇけど……俺も嬉しい。 葉璃が祝ってくれるとは思ってなかった……」


 誕生日なんて伝えてなかったし、と漏らすと、葉璃はとても清々しい笑顔で聖南の手を取った。


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