必然ラヴァーズ

須藤慎弥

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54★ 葉璃のサプライズ計画〜本番〜

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…  …  …


 サプライズライブ当日の朝、俺は葉璃と一緒にmemoryのライブが行われるTzホールへとやって来ていた。

 事務所が違うはずの佐々木さんのはからいで昨日と今日は完全オフだったから、葉璃も体力温存とmemoryの方に集中できたはずだ。

 昼前から行われるホール内でのリハーサルのため、memoryはもう少し後からの到着予定らしい。

 俺達が一足早く来たのは、佐々木さんとサプライズの件を打ち合わせするため。 すでに緊張の面持ちで顔を強張らせた葉璃を見て、佐々木さんが吹き出した。


「おい、大丈夫? 今日本番だぞ?」
「だ、大丈夫です、振りもポジション移動も完璧に頭と体に入ってます」
「それは心配してないけど、ガッチガチじゃない? 恭也、この調子で葉璃大丈夫だと思う?」
「大丈夫、だと思います。 葉璃は、めちゃくちゃ本番に強いです」


 俺も心配ではあるけど、曲が始まると嘘みたいに葉璃の体にキレが生まれる。 まるで何かのスイッチが葉璃の体にあるように。

 今まで春香ちゃんの影武者で何度もその様子を見ていた佐々木さんも、「あぁ」と深く頷いた。


「確かにな。 葉璃、恭也、ひとまずホール内見てみるか?」
「いいんですか?」


 俺達は参加できないけど、来週この場所を皮切りにCROWNのツアーが開幕するから、どんな様子なのか見てみたい。

 五千人収容のこのTzホールが満席になる様を見られるなんて、ツアー同行の予習としては申し分なしだ。

 葉璃は、春香ちゃんと佐々木さんの後押しもあってこのサプライズをやると決めたみたいだけど、これは目的とは別にとってもいい経験の一つになる。

 心配事があるとすれば、カメラの前でのパフォーマンスとは全く違うそれに、緊張のあまり倒れてしまわないかなって事だけだ。

 曲がかかれば大丈夫。 ……そうは思っても、葉璃の事だから直前まで手のひらをイジイジしそう。

 俺たちは佐々木さんの案内でホールの中へと入ると、それぞれの持ち場のスタッフの人達が忙しなく働いていた。

 関係者入り口から数歩入って辺りを見回すと、とてつもない規模の会場だって事が改めて認識出来る。

 ───広い。

 立席アリのSOLD OUTって聞いてるから、この広い会場全体がファンで埋め尽くされるんだ。 そんな光景、想像も出来ない。


「え、え、え、え、佐々木さん、話が違うっ! ちょっと待って、こんな広い会場なんですか!?」


 その内観に圧倒されていると、隣に居たはずの葉璃が数歩後ろへと後退っていた。

 驚いて瞳をまんまるにして佐々木さんを非難しても、もう逃げられないよ、葉璃。


「五千人規模って言っといただろ? 今さらそんな驚かなくても」
「聞いてない! 春香も教えてくれなかった! 私達がやるんだからそれ相応のライブハウスよって!」
「ライブハウスかぁ、場所にもよるけどちょっとそれは今のmemoryには手狭かもしれない。 ……春香も葉璃をビビらせたくなかったらしいな」
「そんなぁ……二人してもうっ……! お、俺できるかな……!? ……ねぇ恭也……人って文字ぜんぜん効かないから、何かもっと効く文字知らないっ?」
「えぇ? そうだなぁ。 じゃあ、これは……?」


 効かないなと思いながらも毎回それをして緊張と戦ってる葉璃を思い出すと可愛くて、俺はソッと葉璃の左手を取った。

 瞬時に思い浮かんだ文字を、指先で葉璃の手のひらに書いてみる。


「ん……? なんて書いた?」
「……もう一回、書くから。 よく見てて」
「うん…………あっ!」


 漢字で書くとうまく伝わらなかったみたいだけど、あえてそのままもう一度葉璃の手のひらに書いてみる。

 すると、俺が書いた文字に気付いた葉璃のほっぺたがピンクに色付いた。

 文字だけでこんな顔をさせられるなんて……妬けちゃうな。


「分かった?」
「う、うん……。 でもこれ字画多い……」
「葉璃には、これが一番効くよ。 何のために、今日まで頑張ってきたの? 葉璃、気持ちを届けたいんでしょ?」
「そう……そうだよね、うん。 がんばる。 ここまできたらがんばるしかない。 ……ヤバ……鳥肌立ってきた」
「大丈夫?」
「大丈夫か?」


 真顔で両腕を擦る葉璃はとてもとても可愛いのに、その真剣な表情が何だか可笑しくて、俺も佐々木さんも笑ってしまった。

 春香ちゃんも、セナさんも、喜んでくれるといいなぁ。

 memoryがこれだけ人気者になったっていうのも驚きだし、葉璃がETOILEとしての初舞台を踏む前にこんなに大きな会場でパフォーマンスするなんて、不思議な何かを感じずにはいられない。

 客席位置から感慨深くステージを見上げていると、佐々木さんから声を掛けられた。

 その場に居てもスタッフさん達の迷惑になるから、佐々木さんに連れられて舞台裏へと移動する。

 memoryのメンバーが到着するまで、控え室で今日の作戦の最終確認だ。


「セットリストはこれな。 葉璃の出番は10、11。 9終わりに十分間フリートーク入るから、そこで葉璃は抜けてきて」
「あれ? 葉璃、一曲だけじゃないの?」
「あ、うん。 佐々木さんの猛プッシュで一曲追加された」
「だから、毎日あんなに、慌ててたんだね」
「そう。 memoryの振付は馴染みがいいからすぐ入るし、その……どっちも求愛系のラブソングだから……やるからにはって思っちゃって」
「いいね、楽しみだな。 リハーサル、俺も、見てていいですよね?」
「もちろんいいよ。 関係者席から見てるといい。 葉璃がどの位置に来るとか、何となくでも覚えられるしな」
「分かりました」


 葉璃、この短期間で二曲も覚えたんだ……!

 すごいな。 本当にすごい。

 春香ちゃんとセナさんのためにそこまで頑張った葉璃を、心から尊敬する。

 大切な人のため、想いを伝えるため、何にも代えがたい誕生日プレゼントだ。

 なんて、……今考えてもやっぱり、乙女チックだな。



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