必然ラヴァーズ

須藤慎弥

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 ミルクだけ入れたアイスコーヒーを飲む佐々木さんは、春香が戻って来てから本当に作戦会議を始めた。

 時間も推してるからって事で、超手短かに。


「当日葉璃は、memoryのライブを観に行く体で関係者席にセナさんを連れておいで。 葉璃の出番の前の曲になったら、トイレ行くフリして控え室に来る。 それまでは普通に観覧してて。 今回は春香になりきるわけじゃないし、簡単にヘアメイクするだけでいいと思うんだけど……女装したい?」
「!?  したくないです! あ、でも春香と似てたら今までの影武者がバレちゃいそうでマズイ気がするから、やっぱ女装した方がいいかな?」
「そうね。 葉璃は目尻強調してもらったらいいよ。 アイライン太く入れてもらって気が強そうなメイクしたら、私とはあんまり似てなくなるかも」
「じゃあメイクはそれでいこう。 いい? 春香は葉璃に応援してほしいって意味で友情出演をお願いしたようだけど、葉璃はセナさんのために全力出すって気持ちでいいからね」
「わ、分かりました……!」


 佐々木さんの言葉に、春香がうんうんと力強く頷いている。

 春香が「応援して」って意味で俺にライブに出てほしいんだって事も今知って、聖南へ思いを伝える事と同等に、これまで俺を叱咤激励し続けてくれた春香へのプレゼントにもなればと思った。

 アイスコーヒーを飲み干した佐々木さんは、「そろそろ行かなきゃ」と腕時計を気にし始める。


「葉璃がトイレに立った時にセナさんも付いて行くって言いかねないから、もう一人助っ人居てくれると助かるんだけどな。 誰か居ない?」


 問われた俺と春香は同時に顔を見合わせ、双子ならではのシンクロを見せる。


「……恭也!」
「……恭也くん!」
「あぁ、恭也か。 恭也はセナさんと仲良いの?」
「聖南さん、恭也の事すごく気に入ってます。 それに、事情話したら絶対に協力してくれると思います」
「OK。 葉璃は明日にでも恭也にこの事伝えておいてね。 俺仕事に戻るんだけど、二人本当に送らなくていいの?」
「大丈夫です! 家すぐそこだし、私達ももう出ますから」
「そうか、何かあったらすぐに連絡して。 席は三席……いや五席用意しておくよ。 それじゃ」


 佐々木さんは俺達の知らない間に会計を終わらせてくれていて、颯爽と立ち去って行った。

 なんで五席も?と首を傾げてたら、春香に笑われて不貞腐れる。


「多分、アキラさんとケイタさんの分じゃない? 失踪事件でも葉璃を心配して家にまで来てた人達だよ。 葉璃とセナさんがmemoryを観に来るって知ったら、何だか二人も来てくれそうな気がする~」


 さらに楽しみになってきた~♡と、春香は少し気の抜けた炭酸水を飲み干してワクワクを抑えきれずにいた。

 俺もココアを飲み干してすぐ、一緒に夜道を歩く。 お家まで徒歩で十五分くらいかな。

 春香と他愛もない会話をしながら、二人並んで家路を急いだ。


「あれ、噂をすれば……」


 もうすぐだ、と顔を上げたそこに見覚えのある車が停まっていた。 家の真ん前に停まった白い高級車を、春香も目をこらして見てる。

 あれはどこからどう見ても聖南の車だ。


「……聖南さん?」


 今日は週末でもないのにどうしたんだろう。

 俺と春香は、平日の今日突然やって来た聖南の車に意識が集中していた。 そのせいで、後ろから二人組の男が近付いて来ている事に気が付かなかった。


「そこの双子ちゃーん」
「遊び行かなーい?」


 軽そうな声に春香と同時に振り向くと、男達は揃って「可愛い!」と騒ぎ始めた。

 この感じ……久しぶりだ。


「ヤバ! 二人ともそっくり! そしてめちゃくちゃ可愛い~!」
「マジマジ! テンション上がる~! な、行こ行こ! 俺ら奢るから!」
「ちょっと、触んないでよ!」


 こういう事に慣れてるのは春香も同じなようで、たいして驚かないまま腕を掴まれないように冷静に身を翻して躱している。

 俺の方も腕を取られそうになったんだけど、経験上、とにかくこういう時は逃げるが勝ちだ。

 春香と目配せして、逃げるタイミングを図る。 せっかく聖南が来てくれくれてるのに、台無しだ。

 特に今日の二人はしつこくて、なかなか諦めてくれない。

 このまま男達を躱して家に逃げ込んでも、自分からこの二人に自宅をバラす事になる。 だからどうにか、家とは別の方向に走って撒かないといけない。

 俺はすかさず春香の腕を取ると、男達の隙を付いてわざと二人の間をすり抜けて走った。


「あっ、待ってよ!」
「俺らも行くよ~!」


 付いてくるのは分かってたけど、俺は足が速いから撒く自信があったし、何より自宅から一旦離れた方が懸命だと思った。

 撒くことに夢中だった俺達は、ほんの数分だけど一心不乱に走った。 でも追い掛けてくる足音はいつの間にか止んでいて、こんなに早く諦めるなんて変だと少しだけ来た道を戻ってみる。


「あれっ? 追い掛けて来てないね」
「うん。 どうしたんだろ」
「あっ……!」


 ナンパ男達が居ない事にホッとして、春香と自宅の方向へ歩いていたその時、角の向こうからボソボソと話し声がした。

 住宅街だからその声はどうしても響いてしまう。

 聞き慣れた声にそっと影から覗いてみると、眼鏡とマスクで変装した聖南が二人とやり合っていた。


「せ、ッんむっっ」
「シッ! 葉璃、嬉しいのは分かったけど名前出しちゃダメだよっ」


 手出しちゃダメ!って言おうとしたんだけど、うっかり聖南の名前も出そうになったから春香が口を塞いでくれて助かった。

 二人で物陰に隠れてコソコソっと覗いてみると、どうやら聖南は手は出してない。


「お前らさぁ、ナンパすんならもっと派手めのいかねぇと今みたいに逃げられると思うけど」
「うるせえな! このっ」
「なんだよお前! 急に出て来て!」
「通りすがり」


 突然現れた長身のマスク男に腹を立てた男達は、頭に血が上ってるのか二人掛かりで何度も殴りかかっていく。

 でも聖南は、それらすべてを見事にかわしていた。

 繰り出される拳を優雅に避けている様は、こんな場面を見た事がない俺でも分かってしまったくらい、場馴れしてる。

 かわすだけで手を出さないから、男達は遊ばれている感覚になってどんどん怒気も強まっていた。


「くそっ! なんだコイツ!」
「全然当たんねえ!」
「当たるわけねぇじゃん、そんな猫パンチ。 一生かわしてられるけど、めんどくせぇからこれで終わりな?」
「ッッッ」
「ッッッ」


 聖南がカッコよく「終わりな」と言った直後、その場の時が一瞬止まった。

 男達の顔の前で両拳を突き出して寸止めした聖南は、目くらましの一瞬をついて二人ともの左手首の関節を同時に曲げた。

 それは時間にしてほんの二秒だった。

 二人はドサッとその場に崩れ落ち、キメられた関節の痛みに悶え苦しんでいる。


「この辺でナンパすっとまた俺が通りすがるからな。 覚えとけ」


 転がった二人に向かって低い声で釘を刺したあの聖南の姿……あれは今、アイドルのセナじゃない。

 ……関節技を得意とする、非情な副総長そのものだった。



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