必然ラヴァーズ

須藤慎弥

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 アキラとケイタは、間違いなく聖南が呼んだ。

 だが平然とここに居座る荻蔵は一体誰が寄越したんだと、聖南は二人を見て問うた。


「あ~。 それなんすけど、俺あの時事務所に居て、逃げてくハルを目撃したんすよ」
「は?」
「プチ謹慎を言い渡されてる最中だったから俺も追い掛けらんなくて、後で社長に事情聞いたんす。 それからアキラさんにハルの家教えてもらって」
「そういえばなんでプチ謹慎なんだ?」


 スマホを操作しながら、なんの気無しにサラッと言い放つ荻蔵はとても謹慎中の身分とは思えない。

 ケイタも不思議だったらしく首を傾げて、依然として飄々としている荻蔵を見た。


「ちょっとここ一年女絡みのスキャンダル多いから、秋までドラマ入れないって言われちゃった」
「バカだな」
「うわ、ヒド! セナさんヒドッ!」
「三月のパーティーの時、セナがあんだけ自重しろって言ってたのに」


 そっと葉璃の肩を抱いた聖南は、そういえば荻蔵のスキャンダルのニュースを自宅で見たなと思い出し、呆れ返った。

 確かにこの一年、ニ・三ヶ月に一度は荻蔵の女性問題が取り沙汰されていたので、事務所もついに堪忍袋の緒が切れたのだ。

 クールな二枚目の演技派として売れていたのに、私生活があまりにもだらしなさ過ぎる。 ……と呆れつつも、これまでの聖南も人の事は言えなかったのでそれ以上は突っ込まない事にした。

 葉璃の前で聖南の過去の話題に方向転換されてはたまらない。


「快楽には逆らえないっしょー? あ~!!  こんな事なら手出すの同じ事務所の女優限定にしときゃ良かったなぁ」
「…………」
「…………」


 コイツまたロクでもない事言ってる、と聖南が呆れたと同時に、葉璃がキュッと聖南に密着してじとりと荻蔵を一瞥する。


「……荻蔵さん……最低です」
「あ、ハルまでそんな事言っちゃう? 結構自重したつもりなんだぜ、これでも」
「どこがだよ! 謹慎なってんじゃん」
「このまま仕事なくなったらどうすんだよ、荻蔵。 お前二枚目で売ってたのに」
「何とかなるっしょ。 こういう事あった方が役者として箔が付く気しません?」


 葉璃とアキラとケイタの三人から責められても、この男は本当に動じない。

 謹慎沙汰の女関係で箔が付くなど、昭和初期の映画スター限定である。

 まるで理解できないといった顔で荻蔵を見る葉璃が、ピタリと聖南にくっついたままなのが妙に嬉しい。

 このままずっと、こうして密着していてほしい。


「前向きだなぁ……荻蔵さん。 その前向きさちょうだい」
「ハルにならいくらでもやるよ、んーっ」
「あ、てめ! どさくさに紛れて葉璃にチューしようとするな!」


 開き直りがもはや清々しいとすら感じたのか、葉璃が呆れを通り越して感心していたところに、不意に荻蔵が葉璃へと接近し始めたため慌てて聖南は前に立った。


「え~一回くらいいいじゃないっすか。 ハル探し手伝ったんだし」
「荻蔵はスマホいじってコーヒー飲んでただけ!」
「手伝うってか野次馬だったじゃねぇか」


 突っ込むアキラとケイタも急いで聖南と横並びになり、きっちり葉璃ガードを固めた。

 手の早そうな荻蔵は何をしでかすか分からないので、とりあえず来てくれた礼を言って早々に帰宅してもらいたい。

 聖南達は荻蔵が葉璃を構う理由を知ってはいるものの、あれはとても信じられる内容ではなかった。 むしろあれが真実だとするともっと危ない。


「荻蔵ありがとな。 その超意味不明なお気楽性格のおかげで場が和んだのは事実だ。 って事でバイバイ」
「バイバイって軽いな~! ま、マジでハル見付かって安心したし俺も帰ります。 待ち合わせあるんで」


 聖南がこれ見よがしに手を振ると、荻蔵はゲラゲラ笑って聖南ではなく葉璃に手を振り車へと乗り込んだ。

 そのガタイの良い後ろ姿を見ていた四人は、「待ち合わせあるんで」という言葉に、懲りない奴だとまたも呆れ返った。

 佐々木も荻蔵も帰宅したので、時間的にも早く葉璃を自宅へ帰さなければという思いから聖南はアキラとケイタに順に視線を寄越す。


「マジでありがとな。 俺一人だったらパニックなってた」
「いいんだよ。 いや……マジで良かった、ハルが無事で。 
……ホッとした」
「ほんとほんと。 セナが暴れ出すんじゃないかと思ったけど、佐々木さんもちゃんとハル君をうまく説得してくれたみたいだし。 さっきセナも言ってたけどさ、ほんとにもうこんな事ないようにしてよ? セナはハル君を守ってあげなきゃだし、ハル君もセナを支えてあげないとね」
「……はい。 ありがとうございます……ごめんなさい……」


 しょんぼりと肩を落とす葉璃に交代で頭を撫でている二人の事が、聖南はもっと好きになった。

 家族同然である二人は、面倒臭がらずに動いてくれたどころか心から聖南と葉璃を心配してくれていて、胸が熱くなる。

 たった数時間離れていただけなのに、あんな事を言って飛び出したせいで葉璃が本当にこの手から離れていきそうで怖かった。

 聖南が思っている以上に葉璃が聖南を大事に思ってくれているのはこの事で充分分かったけれど、いつ何時、またこのような騒動が起きるか分からない。

 それだけ、聖南と葉璃の境遇が不安を煽るものだという事である。

 葉璃の不安は以前とは内容が随分変わっていて、簡単には拭いきれそうもない。 いくら言葉や態度で「大好き」だと伝えても、周囲の変化によって何度も行ったり来たりを繰り返すに違いない。

 ぐるぐると独りで思い悩むのが得意な葉璃だからだ。

 それならば、聖南も一緒に足踏みしてやる。

 不安に駆られた葉璃が立ち止まり、聖南のもとから離れようとするのはなんとしてでも阻止しなければならない。

 康平に例のものを頼んだのも、葉璃への気持ちが束縛へと変わった、聖南なりの愛情だった。



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