必然ラヴァーズ

須藤慎弥

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 こんなエピソードは履いて捨てるほどある。

 毎日がそうだった。

 親は居ないのだという諦めを付けなければならない、幼かった子どもの葛藤がお前に分かるのかと。

 マンションの一室で何不自由のない暮らしの中で孤独を味わい続けると、心はどんどん荒み、貧しくなっていく。 そんな思いを我が子に抱かせた自覚はあるのかと。

 悔いているという後悔の言葉をどんな心持ちで聖南に伝えたのかは知らないが、薄っぺらいのだ。

 今さらもう親子関係の修復など無意味で、不可能で、許すも許さないもない次元にまできている。


「怒ってないわけねぇだろ。 どの面下げて俺の前に居るわけ? いいか、この先もずっと、俺を息子だと思うな。 俺もあんたを親父だと思った事なんか一回もねぇ。 だから悔いなくていい。 その時間が勿体無い」


 冷たく言い放った聖南は毅然と立ち上がり、やはり今日は来るべきじゃなかったと後悔した。

 くだらない覚悟など、しなければよかった。

 これ以上ここに居ると、嫌でも過去を思い出す。

 辺り一面暗闇の、無感情である事を余儀なくされた忘れていたい過去すべてが蘇ってきてしまう。


「聖南、お前の怒りは重々承知している。 報道を見た。 付き合っている者がいるんだろう? 私に力になれる事があったらさせてほしい。 今までの事を思えば償いにもならんと分かっているが、どんな協力も惜しまない! いつもお前を思っていたのは本当だ……! 本当なんだよ、聖南……!」


 悲痛な面持ちで立ち去ろうとする聖南の背中に向かって、尚も父親は食い下がる。

 襖に手を掛けた聖南の挙動がピタリと止まった。


『いつも俺を思っていた、だと……?』


 今なら何とでも言える。 過去に戻って愛し直すことよりも、過去の行いを現在詫びる方が遥かに簡単だ。

 薄っぺらい。

 この父親がどんな人物かなど関係ない。 これほど謝罪が意味を成さない失望感たるや凄まじく、覚悟を持ってこの場に赴いた聖南の感情を一瞬にして奪い去った。


「……その言葉にどれだけの信憑性を感じると思う?」


 聖南は振り返り、泣き笑うように美しく笑んで言った。

 そんな言葉、今さら聞きたくない。

 過去に遡って当時の自分にも聞かせたくない。

 後悔している、それこそが父親の真意だ。

 聖南を愛さなかった自覚があるという台詞の裏返しに、ついに心臓を一突きされた。

 何か事情があったのかもしれない……、どこかで微かにそんな期待を持っていた浅はかな自分は、この期に及んでも父親からの愛情を受けてみたかったのだと思い知った。


「セナ、今日はもういいから失礼しなさい。 ラジオの生が控えているだろう」
「……あぁ、悪いな。 渡辺さんによろしく伝えといて」


 今にも涙を溢してしまうのではというほど、こんなにも聖南の切ない表情を見たのは初めてだった社長は右手を上げて了解の意を示した。

  出て行く聖南の背中はひどく心許なく、明らかに、可哀想に、泣いていた。



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