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第6話
しおりを挟む最悪な二日酔いだ。
頭が割れそうに痛む。気分も悪いし、全裸で寝てたせいで鼻水止まんないし。
「……騙しやがって」
腹立たしいほど美しい寝顔に毒付く。
二日酔いよりムカつくのは、俺の心の拠り所だった伊織さんが "伊織くん" だった事。
薄暗い店内で、シックなスーツスタイルが多かったとはいえ伊織さんが男だなんて気付きもしなかった。
声を聞けば一発で分かったのに、そうと分からないよう無言を貫いて俺と接してたなんて悪意しか感じないよ。
俺はそっとベッドから抜け出した。
絶不調だからそろそろとしか動けないが、逆に寝ている伊織さんに気付かれないように行動出来て好都合だ。
財布とスマホは、痛むこめかみを押さえて探すまでもなくカウンターキッチンの上に並べて置いてあり、ハンガーに掛けられた俺の服を見つけて身に着けると、わざわざ洗濯され乾燥までしてあった。
記憶が曖昧だから分からないけど、粗相してしまったのかもしれない。
そんなもの知るか。
俺の大事なところを二つも弄んだんだから、それくらいしてくれて当然だ。
脅されて、羽交い締めにされて、ご褒美の笑顔のあと寝かし付けられた立場としては何も言えないのがさらにムカつく。
「……玄関どこだよ」
やたらと広いこの部屋の玄関を探し歩いて外へ出た俺は、内壁のみがコンクリート打ち放しの流行りのデザイナーズマンションである事を知った。
伊織さんが住むには申し分ない。
いや伊織くん、か。
とにかく、初恋の人の面影を追ってしまった俺がバカだったんだ。
「とことんツイてない……」
タクシーに乗ると粗相の二の舞になりそうな気がして、酔い覚ましに俺はどこだか分からない場所をとりあえず歩き出した。
俺が引き摺る初恋とは、五年前。
大学のオープンキャンパスでチラと見かけた美しい横顔に一目惚れした俺は、それだけで進学先を決定した。
その人がどの学部でどんな名前なのかも分からないし、下手すると違う大学の人だった可能性もあるのに迷い無く進路を決めた当時の俺。
どれだけのぼせ上がってたか分かるよな。
入学してからは、ただ闇雲に「セミロングの清楚系美人」という手掛かりだけで先輩達にそれらしい人居ないかと聞いて回ったんだけど、あまりにも情報が薄過ぎて失笑を買った。
それからだ。
俺の小さな負の連鎖が始まったのは。
足取りの掴めない一目惚れ相手を探す事に疲れた俺は、大学生活を楽しむという目標に変えて彼女を作ってみてもすべてダメ。
特に最後の一年なんて飲み会にすら誘われなくなってしまった。
『十和が来ると先輩が怒るんだもん』
その先輩って、誰?
何度聞いてもその名は教えてくれなかった。
俺は何か悪い力に人生を阻まれている。
嫌われるような事をした覚えはないのに、誰かが俺を物凄く毛嫌いしている。
綺麗な人を追い掛けて進路を決めた、浅ましい下心がよくなかったのかもしれないと気付くまで四年もかかった。
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