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第2話
しおりを挟む──遡る事五時間前。
「こんばんはー」
入店してすぐ俺が声を掛けると、カウンターから眩しい笑顔が飛んできた。
いつもの席に落ち着きながら、その微笑みから目が離せない。
あぁ……いつ見ても綺麗な人だ。
今日は紺色のジャケットかぁ。胸元に小さな薄紅色の花飾りが付いていて可愛い。
このバーの落ち着いた雰囲気に合うよう、シックな出で立ちが多い彼女は化粧もそれほど濃くない。
そこがまた俺の清楚系美人好きな心をくすぐる。
俺よりうんと背が高くて、ツヤツヤでサラサラなセミロングの髪はミルクティー色で、いつか触ってみたいと渇望していたけど当然そんな事が出来るはずもなく。
カウンター越しに放たれる魅惑の微笑と、グラスから垂れ落ちる水滴で濡れてしまう頃合いを見計らってコースターを取り替えてくれる、気の利いた接客態度にいつも胸を高鳴らせた。
仕事なんだから当然と言えば当然だが、さり気ない優しさが俺には身に沁みたんだ。
訳あって懐は潤っている。彼女目当てに毎晩このバーに通ったって痛くも痒くもないほどに。
「こんばんは、十和くん。今日も伊織のオススメにするの?」
「はい、もちろん」
俺の即答にクスクス笑うのは、このバーを切り盛りするママだ。年齢不詳のまさしく美魔女ってやつ。
美魔女ママは、俺が恋心を寄せる "伊織さん" の通訳を担っていて、ほとんど彼女のそばを離れない。
「伊織、よろしく」
カウンターにカクテルグラスを置いて頷いた伊織さんは、その中に少し大きめの角氷を入れてマドラーでサッとかき混ぜた。
それはすぐにシンクへと放られ、冷やされたグラスの水滴が拭われる。
それからライムの半身をグラスのふちに軽く押し当てて、果汁に塩を付着させるとそれは再び俺の前に戻ってきた。
今日の伊織さんのオススメはソルティドッグかな? と予想を立てながら、流れるように美しい手付きを俺は食い入るように見守った。
俺にはさっぱり分からないお酒だか何だかをカクテルシェイカーの中に投入し、一口だけ味のチェックをした後、角氷を満タンに詰めている熱心な表情までとびっきり綺麗だ。
そうそうお目にかかれないような美人さに加え、少し気の強そうな瞳が何とも言えない。
テレビなんかでよく見るシャカシャカも、伊織さんがやるとまるで楽器を奏でているみたいに美しい。
「ライムの実はどうする?」
「あ、要らないです」
「了解。今日の伊織のオススメはマルガリータらしいわよ」
そうか、ライムを使ってるからマルガリータなんだっけ。
ママから実の有無を問われた俺は、半年もこの店に通ってるのにまだカクテルの名前が覚えられない。
伊織さんの鮮やかな手捌きに見惚れて、いつもカクテル名を聞きそびれるからだ。
「へへ……頂きます」
俺の目の前でなみなみと注がれたマルガリータが、輝いていた。
何しろ伊織さんの素敵な笑顔付きだ。
それはもう、口を付ける前から美味しいに決まってる。
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