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第十一話
☆☆☆
しおりを挟む俺から少し距離を取り、腰掛けず立ち竦んだ真琴にそう言われギクッと肩が揺れる。
確かに判断能力が欠如していた。 真琴の家に俺が立ち入るというのは、両者の傷を抉り合う事になりかねない。
熟考すべき事だったが、避けられている事実を受け入れられなかったのだから仕方が無かった。
懐かしい柔軟剤の香りがするタオルを差し出され、ありがとうと礼を言うやすぐさま額と首元の汗を拭った。
「今スマホ見たんだけど、怜様さっき電話くれてたんだね? ごめん、寝落ちしてた」
「……これは友達活動に反するかな」
「そんな事ないよ。 おれが怜様を避けてたからいけないんだし……」
「え、本当に避けてたの? なんで?」
「いや、それはちょっと……」
真琴の視線が泳いだ。 床に敷いた雲柄のカーペットの模様一つ一つを数えているのではというほど、長い沈黙を置かれた。
避けられていた事が本当であっても、俺に責める資格はない。 真琴が決めた事ならば従うけれど、不本意なそれの理由は欲しかった。
話したがらない真琴の沈黙の合間、俺は何気なくベッドを振り返る。 部屋に上がった瞬間から視界に入っていた、気の抜けた表情の胴長コアラをおもむろに掴んだ。
これがベッドの上にあるという事は、真琴があの日ゲットを切望していた通り、実際に抱き枕として使ってくれているようで嬉しかったのだ。
手にしたその時、真琴が笑顔を浮かべて飛び跳ねて喜んでいた物の触り心地、抱き心地を俺も確かめたかった。
他意は無く、ただそれだけだった。
しかし俺は、その胴長コアラの向こうに思いがけないものを見つけてしまう。
「……真琴、これ……どうしたの? たしかあの日でストックは切れたはずだよね」
「あ! そ、それは……っ、怜様返して!」
黒目を泳がせて沈黙を守っていた真琴が、俺の手に在るものを取り返そうと機敏に動いた。
それの感触に胸がザワついた俺は、立ち上がって身を翻す。 真琴との身長差は九cm。 腕を伸ばせば奪われる事はない。
「……待って、開いてる。 しかも一つ減ってるけど」
「…………っ」
俺と真琴が愛用していた、十二個入りコンドームのパッケージはもはや見慣れている。
封が切られていて、さらに使用した形跡まで見付けてしまった俺はその瞬間、全身の血の気が引いていた。
真琴の表情も、目と眉の動きも、俺の予想が的中している事を物語っている。
何しろ俺は、検事志望。
相手の微妙な表情筋と瞳の変化に気付けないようでは、立派な検察官にはなれない。
「真琴、もう俺の代わり見つけたんだ。 だから避けてたんだ」
「違う! 違うよ! おれは怜様が……っ」
「……俺が、何?」
「何でもない! これは言えない! おれ友達活動がんばるって言ったじゃん! 怜様とは友達で……っ」
違うと言われても、ここに何よりの証拠がある。
手にしている事さえ不愉快な、俺ではない他人と真琴のセックスを彷彿とさせる代物が。
「そっか……新しい人が居るなら、俺が長居しちゃいけないよね。 こんな時間にここまで押しかけちゃってごめんね」
コンドームの箱をベッドに置き、胴長コアラと視線を交わして玄関へ急いだ。
早くここから立ち去らないと、俺は醜い感情に支配されてしまう。 すでに黒々としたものが心中を覆い始めているけれど、これは俺が望んだ事だと言い聞かせた。
「怜様待って! 違うんだよこれは……っ」
「触らないで」
「…………っ!」
狭い距離を駆けて追ってくる真琴を振り返る。
真琴は、その必要も無いのに弁解をしようとしていた。
何も悪くないのに。 真琴は何も、悪くないのに。
「今真琴に触られたら、俺……何するか分からない。 頭冷やさなきゃ」
「……っ、怜様!」
「元気にしてるって分かったから、良かった。 お邪魔しました」
「怜様! 違うんだってば! ……っ、怜様!」
「頭冷やしたいんだ」
「…………っ」
〝追ってこないで〟。
俺の視線と言葉を正確に汲み取った真琴の体が、その場でフリーズした。
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