怜様は不調法でして

須藤慎弥

文字の大きさ
上 下
28 / 35
第十一話

☆☆☆

しおりを挟む


 俺から少し距離を取り、腰掛けず立ち竦んだ真琴にそう言われギクッと肩が揺れる。

 確かに判断能力が欠如していた。 真琴の家に俺が立ち入るというのは、両者の傷を抉り合う事になりかねない。

 熟考すべき事だったが、避けられている事実を受け入れられなかったのだから仕方が無かった。

 懐かしい柔軟剤の香りがするタオルを差し出され、ありがとうと礼を言うやすぐさま額と首元の汗を拭った。


「今スマホ見たんだけど、怜様さっき電話くれてたんだね? ごめん、寝落ちしてた」
「……これは友達活動に反するかな」
「そんな事ないよ。 おれが怜様を避けてたからいけないんだし……」
「え、本当に避けてたの? なんで?」
「いや、それはちょっと……」


 真琴の視線が泳いだ。 床に敷いた雲柄のカーペットの模様一つ一つを数えているのではというほど、長い沈黙を置かれた。

 避けられていた事が本当であっても、俺に責める資格はない。 真琴が決めた事ならば従うけれど、不本意なそれの理由は欲しかった。

 話したがらない真琴の沈黙の合間、俺は何気なくベッドを振り返る。 部屋に上がった瞬間から視界に入っていた、気の抜けた表情の胴長コアラをおもむろに掴んだ。

 これがベッドの上にあるという事は、真琴があの日ゲットを切望していた通り、実際に抱き枕として使ってくれているようで嬉しかったのだ。

 手にしたその時、真琴が笑顔を浮かべて飛び跳ねて喜んでいた物の触り心地、抱き心地を俺も確かめたかった。

 他意は無く、ただそれだけだった。

 しかし俺は、その胴長コアラの向こうに思いがけないものを見つけてしまう。


「……真琴、これ……どうしたの? たしかあの日でストックは切れたはずだよね」
「あ! そ、それは……っ、怜様返して!」


 黒目を泳がせて沈黙を守っていた真琴が、俺の手に在るものを取り返そうと機敏に動いた。

 それの感触に胸がザワついた俺は、立ち上がって身を翻す。 真琴との身長差は九cm。 腕を伸ばせば奪われる事はない。


「……待って、開いてる。 しかも一つ減ってるけど」
「…………っ」


 俺と真琴が愛用していた、十二個入りコンドームのパッケージはもはや見慣れている。

 封が切られていて、さらに使用した形跡まで見付けてしまった俺はその瞬間、全身の血の気が引いていた。

 真琴の表情も、目と眉の動きも、俺の予想が的中している事を物語っている。

 何しろ俺は、検事志望。

 相手の微妙な表情筋と瞳の変化に気付けないようでは、立派な検察官にはなれない。


「真琴、もう俺の代わり見つけたんだ。 だから避けてたんだ」
「違う! 違うよ! おれは怜様が……っ」
「……俺が、何?」
「何でもない! これは言えない! おれ友達活動がんばるって言ったじゃん! 怜様とは友達で……っ」


 違うと言われても、ここに何よりの証拠がある。

 手にしている事さえ不愉快な、俺ではない他人と真琴のセックスを彷彿とさせる代物が。


「そっか……新しい人が居るなら、俺が長居しちゃいけないよね。 こんな時間にここまで押しかけちゃってごめんね」


 コンドームの箱をベッドに置き、胴長コアラと視線を交わして玄関へ急いだ。

 早くここから立ち去らないと、俺は醜い感情に支配されてしまう。 すでに黒々としたものが心中を覆い始めているけれど、これは俺が望んだ事だと言い聞かせた。


「怜様待って! 違うんだよこれは……っ」
「触らないで」
「…………っ!」


 狭い距離を駆けて追ってくる真琴を振り返る。

 真琴は、その必要も無いのに弁解をしようとしていた。

 何も悪くないのに。 真琴は何も、悪くないのに。


「今真琴に触られたら、俺……何するか分からない。 頭冷やさなきゃ」
「……っ、怜様!」
 「元気にしてるって分かったから、良かった。 お邪魔しました」
「怜様! 違うんだってば! ……っ、怜様!」
「頭冷やしたいんだ」
「…………っ」


 〝追ってこないで〟。

 俺の視線と言葉を正確に汲み取った真琴の体が、その場でフリーズした。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

迅雷上等♡

須藤慎弥
BL
両耳に二つずつのピアス、中一の時から染めてるサラサラ金髪がトレードマークの俺、水上 雷 は、 引っ越した先でダチになった 藤堂 迅 と やらしい事をする間柄。 ヤリチンで、意地悪で、すぐ揶揄ってくる迅だけど、二人で一緒に過ごす時間は結構好きだった。 いつものように抜きっこしようとしたその日。 キスしてみる? と、迅が言った。 ※fujossy様にて行われました「新生活コンテスト」用に出品した短編作です。

黄色い水仙を君に贈る

えんがわ
BL
────────── 「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」 「ああ、そうだな」 「っ……ばいばい……」 俺は……ただっ…… 「うわああああああああ!」 君に愛して欲しかっただけなのに……

なんか金髪超絶美形の御曹司を抱くことになったんだが

なずとず
BL
タイトル通りの軽いノリの話です 酔った勢いで知らないハーフと将来を約束してしまった勇気君視点のお話になります 攻 井之上 勇気 まだまだ若手のサラリーマン 元ヤンの過去を隠しているが、酒が入ると本性が出てしまうらしい でも翌朝には完全に記憶がない 受 牧野・ハロルド・エリス 天才・イケメン・天然ボケなカタコトハーフの御曹司 金髪ロング、勇気より背が高い 勇気にベタ惚れの仔犬ちゃん ユウキにオヨメサンにしてもらいたい 同作者作品の「一夜の関係」の登場人物も絡んできます

【完結】遍く、歪んだ花たちに。

古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。 和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。 「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」 No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。

キミの次に愛してる

Motoki
BL
社会人×高校生。 たった1人の家族である姉の由美を亡くした浩次は、姉の結婚相手、裕文と同居を続けている。 裕文の世話になり続ける事に遠慮する浩次は、大学受験を諦めて就職しようとするが……。 姉への愛と義兄への想いに悩む、ちょっぴり切ないほのぼのBL。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

処理中です...