怜様は不調法でして

須藤慎弥

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第十一話

☆☆

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 何分もかかって意を決した俺の着信を、真琴は取ってくれなかった。

 時刻は二十二時四十分。 まだ寝ている時間ではないはず。

 これは想定内だと、笑みでも浮かべてコーヒーを……などという余裕は粉々に砕け散った。

 完全に避けられていると知った俺は、ピストルの弾が頭蓋骨を貫通したかのような衝撃と打撃を味わった。 経験がないので例えが適当かどうかは分からないが、それほどの痛手だった。

 電話に出てもらえなかったら直接行けと由宇に叱られた事もあり、財布だけを手に悩む間もなく家を飛び出す。

 俺が血相を変えていたからか、起きていた母には何も咎められなかった。


「はぁっ……はぁっ……」


 俺の家から真琴が大学入学を機に独り暮らしを始めたアパートまで、電車で五駅。

 その駅から徒歩十五分の道のりを、俺はノンストップで走った。 しばらく運動らしい運動をしていないせいで、坂道でもないのに息が上がる。

 熱帯夜の蒸し暑さにより体力も奪われた。 額から汗がこめかみへと垂れ落ちる。 首元や背中もびっしょりだ。

 顔を見るだけ。

 「心配してたよ」と言うだけ。

 友達活動に反してたらごめん、と謝るだけ。

 俺が家庭教師の件を根掘り葉掘り聞き出すのはおかしい事らしいから、それは真琴が話してくれるまで待つ。 でも俺の方は、話さなきゃいけない。

 身勝手かもしれないけれど、真琴が〝がんばる〟と宣言した友達活動で俺のそばに居る事を選んだのなら、唐突に避けるのはやめてほしい。


「……はぁ、……居るじゃん」


 真琴の部屋のアパートから漏れる明かりで、彼の在宅を確認した。

 手すりに捕まりながら階段を上がる。

 ここは三階建ての学生専用アパートだが、入居者がそれほど居らず空室が目立つのは事故物件の噂があるからだ。

 何度となく寝泊まりした俺も真琴も、その辺があまり気にならない。

 由宇から〝変わり者カップルだ〟とよく揶揄された。


 ──トントン。


 階段を上がりきってすぐの扉を、少々力を込めてノックする。 かつてこれほど緊張感のあるノックをした事があっただろうか。

 応答は無い。

 覗き穴越しに俺だとバレたら開けてくれないかもしれないので、人差し指でそれを塞いだ。 昔観たドラマのストーカー役の男が、これをやっていた。


 ──トントン、トントン。


 俺は断じてストーカーじゃない、と自分に言い聞かせながら、何度かノックをし続けて数分。 扉の向こうで物音がした。

 直後、真琴の「誰ですかー?」という声で直ちに胸が踊る。


「真琴、俺……っ、俺だよ。 開けて」
「……怜様!?」


 それほど荷物はないはずなのにガタガタと物音がする。

 真琴は、来訪者が俺だと知っても玄関を開けてくれた。


「怜様っ? どうしたんだ、そんなに汗だくで! とりあえず上がって!」
「あの、……連絡が無かったから、心配で……」
「あ、あぁ……! それで来てくれたの?」
「そう、心配で……」


 お邪魔します、と靴を揃えて上がる。

 質素で和風な畳張りのワンルームの部屋には似合わない、カラフルなカーテンやいくつかの大きなぬいぐるみ、何度も体を重ねたセミダブルのベッドを目にすると、何だかいたたまれない気持ちになった。

 ここへ来るのは一ヶ月ぶりだ。

 連絡を取る事よりも、直接訪ねる方が難易度が高かった。 由宇のお叱りに背中を押されなければ、選択肢にも入らなかった。

 何しろ俺は、今腰掛けたソファ代わりのベッドの上で、あろう事かセックスの直後に真琴の心を傷だらけにしたからだ。


「……怜様が来てくれるとは思わなかったよ」


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