怜様は不調法でして

須藤慎弥

文字の大きさ
上 下
22 / 35
第九話

☆☆☆☆

しおりを挟む



 お腹が空いたと聞けば、映画の次はぬいぐるみだとソワソワしていた真琴をやんわりと説得するしかなかった。

 ファミレスで軽く食事を済ませ、奢らせてもらえなかった事に不満を抱きながらゲームセンターに入店する。 食事中もコアラの事が頭から離れないとばかりに落ち着きが無かった真琴は、一目散に目的の場所まで駆けた。

 UFOキャッチャーの台がズラリと列んだ間を幼子のようにはしゃぎながら駆ける背中を、俺は早足で追う。

 今日はいつも大学で背負っているてんとう虫柄のリュックではなく、濃紺に黄色の星マークが至る所にプリントされた、これまた派手なリュックだ。

 出で立ちはパーカーとジーンズでシンプルなだけに、奇抜なデザインのリュックは主張が強い。 てんとう虫柄のものより若干小さめなのが救いである。


「怜様、あったよ! これ! このコアラ!」


 追い掛けて行った先、真琴が指差したそこには件の胴長コアラが確かに横たわっていた。

 うん、と頷き、しばらく観察する。

 画像でも見せてもらい、さらに嬉々として熱弁をふるわれた真琴からの事前情報より、目前の対象物は俺が予想していた二倍はあった。


「……大きいね」
「怜様なら大丈夫! はい、軍資金!」
「えっ」


 左の手首を取られドキッとしたのも束の間、手のひらにジャラジャラと百円玉を握らされた。

 ザッと計算しただけで三千円分くらい。

 足りなかったら両替してくる!と意気込む真琴の、並々ならぬ胴長コアラへの執着に戦く。


「いや、これくらい俺が……」
「おれ達は友達なんだからそこは譲れない! これ使って!」
「……分かった」


 あぁ……それで映画も食事も奢らせてくれなかったのか。

 今までナチュラルに奢ってきた俺としては、その友達活動は少しめんどくさいよ。 大した額ではないし奢られてればいいのに……という不満は、真琴の見解を否定する事になるので出来ない。

 仕方なく、真琴から受け取った小銭を握り締めて胴長コアラ獲得に集中する事にした。

 アームは三本爪、重心は頭、取り出し口にシールドは無く、ゲットに不利なボールが敷き詰められた台でもない。 一プレイ二百円の台は初回五百円入れて三回プレイし、取り出し口への距離を詰める方が賢明だ。

 距離と角度はおおよそで測った。 うまくいけば早くて四回、しくじれば五回でゲット可能。

 プレイ前にこれほど真剣に対象物を眺める客など、俺以外他に居ないだろうな。

 けれど真琴が〝絶対に欲しい〟と言うから。

 こういうところの景品は世間では売られていない非売品、つまりゲームセンターのみでしか出回らない物が多いため、真琴はそのレア的要素にも惹かれていると以前話していた。

 その際も一時間は熱弁をふるわれ、その後ゲットに駆り出された。


「怜様、いけそう?」
「五回以内には。 まかせて」
「…………ッッ!」


 こんな事でドヤ顔をするのは極めて恥ずかしいが、キラキラした瞳で見上げてくる真琴とまともに目が合った俺は、俄然燃えた。

 俺にはその良さがあまり分からないけれど、やはりかなりの重量である胴長コアラに一目惚れしたと頬を緩ませていたからには、喜ぶ姿が見たい。

 計算と宣言通り、四回のプレイで取り出し口へと吸い込まれていったそれを真琴に手渡す瞬間、何とも言い難い高揚感で胸がいっぱいだった。


「──はい、どうぞ」
「わぁぁ! スゴイ! 怜様スゴイよ! やったぁ!」
「嬉しい?」
「うん!! めちゃくちゃ嬉しい! 怜様、ほんとにありがとう!」


 一メートルはありそうなフワフワしたコアラを抱え、真琴は破顔し俺から残りの小銭を受け取った。

 嬉しそう。 真琴のこんな笑顔、久しぶりに見た。

 俺まで嬉しくなる。 もっと上手な人なら四回とかからずゲット出来たのだろうか……と薄っすらよぎった堅苦しい不安も、この笑顔の前ではかき消される。


「……どういたしまして」


 胴長コアラを大事そうに抱っこして、愛おしい者を愛でるようにスリスリしている真琴に俺は見惚れていた。

 「怜様ありがとう」と言った真琴の言葉に距離を感じながら、その時またしても、彼の事を可愛いと思ってしまっていた。

 




しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

迅雷上等♡

須藤慎弥
BL
両耳に二つずつのピアス、中一の時から染めてるサラサラ金髪がトレードマークの俺、水上 雷 は、 引っ越した先でダチになった 藤堂 迅 と やらしい事をする間柄。 ヤリチンで、意地悪で、すぐ揶揄ってくる迅だけど、二人で一緒に過ごす時間は結構好きだった。 いつものように抜きっこしようとしたその日。 キスしてみる? と、迅が言った。 ※fujossy様にて行われました「新生活コンテスト」用に出品した短編作です。

黄色い水仙を君に贈る

えんがわ
BL
────────── 「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」 「ああ、そうだな」 「っ……ばいばい……」 俺は……ただっ…… 「うわああああああああ!」 君に愛して欲しかっただけなのに……

なんか金髪超絶美形の御曹司を抱くことになったんだが

なずとず
BL
タイトル通りの軽いノリの話です 酔った勢いで知らないハーフと将来を約束してしまった勇気君視点のお話になります 攻 井之上 勇気 まだまだ若手のサラリーマン 元ヤンの過去を隠しているが、酒が入ると本性が出てしまうらしい でも翌朝には完全に記憶がない 受 牧野・ハロルド・エリス 天才・イケメン・天然ボケなカタコトハーフの御曹司 金髪ロング、勇気より背が高い 勇気にベタ惚れの仔犬ちゃん ユウキにオヨメサンにしてもらいたい 同作者作品の「一夜の関係」の登場人物も絡んできます

【完結】遍く、歪んだ花たちに。

古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。 和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。 「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」 No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。

キミの次に愛してる

Motoki
BL
社会人×高校生。 たった1人の家族である姉の由美を亡くした浩次は、姉の結婚相手、裕文と同居を続けている。 裕文の世話になり続ける事に遠慮する浩次は、大学受験を諦めて就職しようとするが……。 姉への愛と義兄への想いに悩む、ちょっぴり切ないほのぼのBL。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

処理中です...