11 / 35
第六話
☆☆
しおりを挟むそのとき唐突に、俺の中に不確かな決意が生まれたのだ。
しかしどうにも気持ちが落ち着かなくて、決心はついたものの真琴の裸体に目を奪われたまましばらく沈黙してしまう。
仮に俺達が恋人同士だったとして、真琴は俺になんて言ってほしかったのか。
そんなの行くなよって止めてほしかった? どうして?
下心見え見えキャンプ、楽しそうだよ。 気にせず行ってきなよ。 俺は君の恋人でも、図々しい男でもないから、真琴の周囲に出来つつある新たな世界に首を突っ込んだりしないよ。
──とうとう、答えが出た。
「真琴、この際だからハッキリ言うね」
「……ハッキリ? 何を?」
壁際に居た俺は、身動ぎした真琴の体を乗り越えてベッドから下りた。 沈黙の間に浴びたクーラーの風であっという間に乾いた体に、黙々と服を纏う。
真琴の目が、視線が、痛い。
セックスの後は必ず二人で風呂場に行き、後処理をしながら他愛もない会話をする。 それが俺達のピロートークだったから。
「いやその前に怜様っ、……お風呂は? お風呂入ろうよ、汗かいただろっ? あっ、アイスあるよ! 牛乳プリンも二つ買って……」
真琴が焦ったように上体を起こした。 その上、俺の気を引こうとアイスとプリンで釣ろうとしているが俺は子どもじゃない。
一度としておざなりにしなかった後処理が為されない事を察知した、不必要な敏感さに心が痛くなる。
眉尻の下がった捨てられた子犬のような表情を浮かべて、俺を見上げてくる。
……他でもない俺が、真琴をこんな風にしてしまった。
気持ちに応えられないなら、思わせぶりな事はしてはダメ──由宇から口酸っぱく言われてきた言葉がよぎり、刹那、胸を抉られた。
「……真琴。 俺は、真琴とは付き合えない。 今までうやむやにしてきた俺が悪かった。 ……はじめから、真琴とはこうなるべきじゃなかった」
「……っ、えっ?」
ごめんね、の言葉までは言えなかった。
三年もこんな関係を続けていたのに、今さらどの口が謝罪の言葉なんて紡げるだろう。
真琴はしばらく、唖然と俺を見上げていた。
あぁ、そうか。 俺、ここまでキッパリと言った事が無かったんだ。
疑念を切り出したところで、とんでも発言をされて終わる……だからこの関係に終止符を打てない。 話し合いが出来ない。
そうじゃなかったんだ。
俺が、無意識にそれを避けていたんだ。
「ちょっ、怜様……? おれがキャンプに行くって言っただけでなんでそんなこと……っ」
「キャンプは好きに行ったらいいじゃん。 俺に許可取らなくても、真琴はずっと自由なんだよ?」
「えっ……? うぅ……っ?」
「俺から離れたら、俺がどれだけ優しくないか、不誠実か、気付くと思うよ。 盲目はよくない。 俺に依存したっていいことないよ」
真琴のくせに喚かないから調子が狂う。
静かに動揺を見せる彼へ、口をついて出るのは恐ろしいほどにすべてが本心だった。
なぜこれを、もっと早くに言ってあげなかったのか。 突き放してあげなかったのか。
「怜様……っ、なんでっ? エッチの後に別れ話って……。 心にズドンッてくるんだけど!?」
「そもそも付き合ってないから別れ話でもないんだけど」
「怜様! 怜様っ、待って! やだ、やだよ、もう終わりみたいに言うなよ! ……っ、怜様! おれは怜様のこと大好きだよ! 大好きなんだよぉっ!」
「………………」
ベッドの上でぺたんと座ったまま、ようやく真琴は本領発揮した。
うるさい。 うるさい。
それを受け止めるこっちの身にもなってよ。
ただ俺は、この時ばかりは「嫌い」、「君を好きにはならない」と捨て台詞を吐けなかった。
付き合ってはいないという事だけ念押しして、恐らく真琴の心をズタズタに傷付けて、──。
「明日から、俺達は〝友達〟だよ」
真琴を説得するというより、自分に言い聞かせる。
「怜様ぁ!」と泣き叫ぶ声が、アパートの外に出てからも響いていた。
それでも追い掛けてこないのは、全裸の彼の中にまだ潤滑液が残っているからに違いない。
最低な〝怜様〟を必死に呼び戻そうとする声は、帰宅してからもずっと耳に残っていた。
0
お気に入りに追加
38
あなたにおすすめの小説
迅雷上等♡
須藤慎弥
BL
両耳に二つずつのピアス、中一の時から染めてるサラサラ金髪がトレードマークの俺、水上 雷 は、
引っ越した先でダチになった 藤堂 迅 と
やらしい事をする間柄。
ヤリチンで、意地悪で、すぐ揶揄ってくる迅だけど、二人で一緒に過ごす時間は結構好きだった。
いつものように抜きっこしようとしたその日。
キスしてみる?
と、迅が言った。
※fujossy様にて行われました「新生活コンテスト」用に出品した短編作です。
黄色い水仙を君に贈る
えんがわ
BL
──────────
「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」
「ああ、そうだな」
「っ……ばいばい……」
俺は……ただっ……
「うわああああああああ!」
君に愛して欲しかっただけなのに……
なんか金髪超絶美形の御曹司を抱くことになったんだが
なずとず
BL
タイトル通りの軽いノリの話です
酔った勢いで知らないハーフと将来を約束してしまった勇気君視点のお話になります
攻
井之上 勇気
まだまだ若手のサラリーマン
元ヤンの過去を隠しているが、酒が入ると本性が出てしまうらしい
でも翌朝には完全に記憶がない
受
牧野・ハロルド・エリス
天才・イケメン・天然ボケなカタコトハーフの御曹司
金髪ロング、勇気より背が高い
勇気にベタ惚れの仔犬ちゃん
ユウキにオヨメサンにしてもらいたい
同作者作品の「一夜の関係」の登場人物も絡んできます
【完結】遍く、歪んだ花たちに。
古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。
和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。
「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」
No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。
キミの次に愛してる
Motoki
BL
社会人×高校生。
たった1人の家族である姉の由美を亡くした浩次は、姉の結婚相手、裕文と同居を続けている。
裕文の世話になり続ける事に遠慮する浩次は、大学受験を諦めて就職しようとするが……。
姉への愛と義兄への想いに悩む、ちょっぴり切ないほのぼのBL。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる